語る女と余裕のない男

朝のマックに学生と思われる若い男女がたむろしていた。それも男一人を女三、四人で囲ったハーレムの集会。

どうやらへたれな男子の恋愛話しを聞き、応援しようと助言している内に、それが恋愛談議へと発展した様子。

一人の女が特によくしゃべっていた。

「女はねえ、切羽詰まった男のとこには行かないの。余裕を持っている人に心惹
かれるのよ」

歳は違えど、例え若くあろうとも、それまでの人生で得て来た経験から何らかの教訓や法則を見出だすもの。また、人は自分の経験以上に知り得るものはないので、結局はそれに従って判断を下し生きて行く他はない。だからそこには正しいも間違いも存在しないのだ。

その男子はしかし、そこまでディープな話題にしたくはなかったのだと思う。単順に「俺ってダメなんだよね」という話のネタだったはずだ。

そこをあえて突っ込みたがる女に捕まってしまった。だがまあ、話を厄介にしたがる語りたがりの彼女の言葉にも、どこかしら一理はあるもの。

悪い相手の前でまずい話題を出した彼の失策。

しかしながらこの状況。君を応援しながら、実は彼女たち全員が君にアピールしているようにしか見えないんだが?

「ほら、頑張って!あなたを好きな女は目の前にいるんだからね!」さしずめこんなところではないか。

彼は自分がモテている事を自覚すべきだ。

さて私はコーヒーの二杯目を飲みはじめたところで強烈な便意をもよおして来た。

通勤客でごった返すせわしい時間帯に、紳士然とした顔をして悠然とコーヒータイムをたしなむ様が一変。

まだカップに半分も残っているコーヒーを一気に流し込み、トレイごとダストボックスへ放り込む勢いでもってゴミを捨て、カバンを鷲づかみにし逃げるように店を後にする。

どうも余裕のない男ですんません。


@ちぇっそ@
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2010/04/16 23:51 | ハードボイルド日記COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

昼、ときどき洗濯


八日ぶりの休日は遅くまで寝ていようと思ったのだが、いつもの習慣で午前七時前には目が覚めてしまう。

見るともなしにテレビを付けると、チリで起きた地震のことが報道されている。

昨日の仕事帰り、電車が遅れていたのは、この地球の反対側で起こった地殻変動の影響で津波の恐れがあったからだ。

以前、共に杯を交わしたことのあるチリのデスメタルバンド、Torturerのメンバーは大丈夫だろうかと、その安否が少し気になった。

住んでいる場所が離れていればいいのだけれど。

布団から出て、目覚ましにウィスキーをらっぱでひと口煽る。

一瞬頭がはっきりとしたが、間もなく襲ってきた睡魔にやられ、再び横になってそのまま二度寝することに。

それから九時半過ぎに起き、洗い物を突っ込んで洗濯機を回してから、朝飯を食いにモスバーガーへと向かった。

ハンバーガーを平らげ、コーヒーをすすりながら開くページは、ジョナサン・レセムの「銃、ときどき音楽」だ。

近未来を舞台にした珍妙な探偵物。そこで流れる音楽は、ハードボイルドと言うよりは、ハイスペックだがキッチュなテクノが似合いか。

むしろ軽妙で機転の効いた文章が、軽快な音楽を奏でている。

特に目的もなく街を散策し、随分と時間を潰した後に昼になった。

昼飯は普段は寄ったことのない店に入ろうと思い、昔から気になっていた洋食屋へ寄ろうとしたのだが、時間帯が完全に昼休みで、決して広くはない店内は既に満杯。

仕方なくあきらめて、結局いつも通うそば屋へ向かう。

ここのかき揚げそばが好きで良く来ているのだが、今日は初めてソースカツ丼を注文してみた。

丼だけでもボリュームがあって腹いっぱいになりそうなのに、わかめとねぎがたっぷり入った吸物におしんこまで付いてくる。

これだけで立派な定食である。

カツはまだ作りたての作り置きで、レンジで温められて出来たそれはやわらかくて芳醇。

浅漬けの爽やかさが口をすっきりさせてくれる。そうしてから吸物をすする喜び。

これで450円。このさり気なさがいい。

少し買い物をしてからアパートへ帰る。

着ていたものを脱ぎ、無造作にそこら辺へ放り投げる。

パソコンの電源を入れ、その間に冷蔵庫からボトルを取り出してグラスにハイボールを作る。

パソコンが立ち上がったところでトレイにCDをセットし、ONKYOのPC用スピーカのボリュームを上げる。

流れて来るのはリー・モーガンのアルバム「The Gigolo」。

一曲目「Yes I Can, No You Can’t」のスウィングしたエイトビートが、陽射しの戻って来た午後の有閑にけだるさをもたらす。

このルースな雰囲気が分からなければ、いっぱしのジャズ好きとは言えない。

ハイボールを飲みながら洗濯物を干す。

今は二杯目のハイボールを味わいながら、この手記を書いている。

@セルゲイ・グーイチ(ちぇっそ)@
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2010/03/01 15:02 | ハードボイルド日記COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

侵食

КИНО - Пачка сигарет(Виктор Цой)


雨が降り出した午後。

仕事を終える頃になっても止むことはなく。

降り続く冷たい雨は地元へ帰りつく頃にはみぞれ混じりの雪となっていた。

深夜にひっそりと降り朝には消えてしまったことがあったかも知れない。

しかしそれ以外では今シーズンで俺が見た初めての雪だったように思う。

今日は二月始めの日だった。

異動で今年からやって来た俺と同年代の男性社員は、仕事の引継ぎと言う名目で担当の女性から指導を受けている。

ところが他愛もない与太話にうつつを抜かすばかりで手許が動いていない。

干支が一回りも違う若い娘に浮かれるのもたいがいにして欲しい。

別の人物から聞いた話によるとそれが前にいた事業所の「社風」だったようだが、それで仕事が「出来ていた」とでも思っているのだろうか。

実際に仕事の手際が悪く無駄も多い。それをなんとか上手い言い訳で(実際は子供の言い草で全く屁理屈なのだが)その場を切り抜けているような始末。

俺だけでなく誰の目もごまかすことはない。

「大企業に守られている」と言う安心感が、このような退屈な人間を生むのだろうか。

不況を氷河に例えるなら、地球の温暖化に反比例するかのように冷え切った経済の流れが、更に大きな塊りとなりかつては経済大国と呼ばれたこの日本の国土を削り取って行くようだ。

ゆっくりと、だが確実に!

晩に食材を買いに駅前のリブレ京成へ足を運ぶ。

二、三日前から「閉店」の張り紙が貼られている。これは新装開店の準備のためではなく、本当に店じまいするためだ。

お決まりの「長い間ご愛顧いただき・・・」の文句がそこかしこで踊っている。

ここの店舗の売り上げだけが厳しいのか、それとも京成グループ全体の収益が停滞しているためか。

俺がその真相を知ることはないが。

不況と言う名の氷河がもたらす亀裂が遂にここまで侵食して来てしまったのか。この国の行く末を案じて暗澹とした気分になる。

今月いっぱいでこの店のシャッターは永遠に閉じたままとなる。

終焉までの手始めに日本酒を買って帰ることにした。

新潟の清酒「辛口特別本醸造 越乃松露」大洋酒造と言う俺はよく知らない蔵元だ。

俺の実家は新潟である。

だから新潟の酒の味はよく知っている。県外へと出荷される銘柄の中にはぱっとしないものが多い。

美味い酒は「おらがとこで消費し尽くしてしまう」ためだろうか。

今日の一本もぱっとしないその類いだった。

本格的なワインのように味が良く分からない。

それが悪いと言うわけではない。むしろ俺のような人生の敗残者にとっては郷愁をそそるに充分。

知らずに渋皮を口へ運んでしまったときのような、居たたまれずしみったれたこんな気分の日に味わうにはうってつけの酒だ。


@ちぇっそ@
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タグ : Виктор_Цой

2010/02/01 21:26 | ハードボイルド日記COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

地球が大掃除している

夢精をして目が覚めた明け方、風雨がけたたましく雨戸を叩いていた。

どれだけ卑猥な内容だったかは覚えていない。ただ、夢の中でも雨に降られていた気がする。

伊勢湾のときと同程度の規模だと言う台風が近づいて来ていた。ピークは今日の午前中だと聞く。

ダイヤの乱れを見越して、早めに家を出たはずだった。

しかし途中の南船橋までたどり着いたところで停止。「今日は午前中まで動きません」とのアナウンスが流れる。

会社のある海浜幕張までは二駅。都心からはわずかに離れただけであっても、この地域では駅の区間が長くなっている。

遅刻は免れない。だが、ロスタイムを最小限に食い止めるだけの措置は講じたい。

俺は歩くことに決めた。

線路づたいに続く道をただひたすら真っ直ぐに。

初の試みなので、何処で袋小路に迷い込むか分からぬ不安が付きまとう。

暗く翳る空。打ち付ける雨。怪物のように吹き付ける突風が、俺の身体をなぎ倒そうとする。

魑魅魍魎がのたうつ魔界をさ迷う耳なし芳一のごとしか。

新習志野の駅を通り過ぎると、遥か遠方に聳え立つ幕張の摩天楼が見える。

そのときは大分近づいたと思ったのだが、実はここから真の苦難が始まることを後で知る。

雨は随分と小降りになってきた。見上げれば雲間から青空も覗ける。

どうやら俺が見ているのは、すでに本体は過ぎ去った台風の尾っぽのようだった。

山脈のような雲の島が物凄い勢いで流れて行く。

地上のありとあらゆる塵芥を洗い流し、万物はそれらが持つ本来の美しさを取り戻す。

風を切り悲鳴をあげる電線はくじらの髭のようにしなやか。宙を舞ってくるサンドイッチの包みはまるで水晶のごとき輝きを。

そして無残にもへし折れ、骨組みをむき出しにして道端の残骸となったビニール傘は、傷つき倒れた白鳥を思わせるはかなさを漂わせていた。

嵐は雲を吹きやり、切れ間からはまばゆい太陽の光りが降り注ぐ。

草原には緑が蘇り、鞭打つようになびいている。それはまるで翼を持った一角獣の群れが、地表すれすれで駆け巡っているかのような騒々しさに思われた。

更に先を行けば、天を突くような鉄塔が煽られ、その尖塔をゆらゆらと揺らしているではないか。

「さて。これは杖にするには具合がよいぞ」とばかり、これもまた天空に頭の突き出るほどの大巨人が、身体の支えにしようと懸命に引っこ抜こうとしているがごとき情景を思わせるものだった。

「世界はかくも美しいのに!世界はかくも輝かしいのに!」

嵐の中で垣間見た幻想。大自然の中で人間は、自らがとるに足りぬ小さきものであると言う現実を突きつけられると、理解の及ぶ範囲で説明を試みようとするものである。

論理的に解釈を求める手段として「想像」を持ち込むのである。「論理的に想像する」この相反した葛藤こそが、すなわちこれ「幻想」に他ならない。

などと言うたわごとを弄んでみる。

このようにして台風を堪能した。

これもひとえに何事も被害を受けなかったから言えることだが。

せいぜい会社に半時間ほど遅刻しただけで、そんなものは人生のスパイスにしか過ぎない。

何もなければ何とでも言える。


人類は未だしぶとい。


創造主が掃除機とホースを使って洗い流そうとしても、頑固にこびり付くしつこいカビのようなもの。


@ちぇっそ@
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2009/10/08 23:43 | ハードボイルド日記COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

War and Pain

今朝、起きてみると右足に鋭い痛みが走った。

痛む箇所は膝の辺り。瞬間、「これは通風か!?」と疑う。

昨日は酒飲んでないのに。

しかしこう言ったものは日々の積み重ねによるところが大きい。

たった一晩の断酒の甲斐もなく、十数年に渡る飲酒の毒素が蓄積したのだとすれば、俺にも遂に焼きが回って来たと言うことになろうか。

念のため、改めて痛みの箇所を探ってみると、それは膝より少し下。ちょうど骨が太くなる直前、脛の側面であることが判る。

通風ではないかも知れないと言う安堵が一瞬よぎるが、個人による誤差もあり得るため、必ずしも安心できる状況ではなかった。

痛む足を引き摺り会社へと向かう。

「何かあるときほど何かある」とは、この世の常。早速、喰らった。

下車駅となる海浜幕張へ辿り着いたときだ。

改札のタッチパネルにスイカを押し付ける、ところが!

途端に「ブップー!」と鳴り、出口のストッパーが「ガッシャン!」と閉まったのだ。

「ガキン!」と膝に直撃。

思わず、「イデェぇぇぇえええーっ!」と唸る。

こんなときに限って痛む膝めがけてクラッシュしてくるのかよ!

どこかに「フラグ」が立っていたのだろうか。

例えば、これ見よがしにサポーターを巻いて自分の負傷っぷりをアッピールしている善玉に向かって、ここぞとばかりに相手の弱点めがけて攻撃を仕掛けてくる悪役レスラーのごとき所業。

改札は勢いで通り抜けたが、振り向けば「改札の野郎」が「もう一度タッチしてください!」と連呼している。

何が「タッチ」だ、この「ビッチ野郎が!」

俺のリーチがあればストッパー越しにタッチパネルまで手が届くのだが、手を伸ばして「もう一度タッチ」しても、むかつく連呼が鳴り止まない。

めんどくさかったので、「こりゃ多分、帰りにまた引っ掛かるな」と思ったが、使えねぇ自動改札など後にして会社へと向かうことにした。

そして帰宅の時間。

朝の晴天はどこへやら。午後からは曇りだし、帰る頃になると今しも空が泣き出しそうだった。

傘を持っていなかったので、いつもより一本早い電車の乗って帰ろうと思った。

それはいつもより乗車時間が30分早いことになり、つまりは会社から「ダッシュ」しなければ間に合わないことを意味する。

走り辛いビジネスシューズで、タイル張りされた幕張の空中庭園を疾駆する。

靴なんて元は木で出来ていたわけで、それは元より「走ること」など想定していなかったはずだ。

だから古代人は「走るときは裸足」になっていたわけで、古代オリンピックは「裸足のアベベ」ばかりが月桂樹の冠を頂戴していたはずなのだ。

だから白人はマラソンが遅ぇんだ!

ギリギリで駅へ辿り着く。

発車まで後3分。なんとか間に合ったようだ。

俺は「時間」に勝ったのだ。

少しばかり誇らし気な表情でもって、意気揚々と改札に定期をかざす。

「ブップー!」

くそっ!今朝、改札で引っ掛かったことが仇になった。

結局、JRの腐れコンピュータのヤツが俺を「不正通過」と見なし「通行不可」と判断したのだ。

ホント使えねぇな、JRのシステムはよォ!

むかついたので、改札そのものを思い切り蹴飛ばしてやった。

思いのほか大きな音が立ったので、道行く人間どもが俺の方を振り返る。

いいか。テメェらみてぇな人種が全て俺をむかつかせるんだ。これはお前らに対する警告だ!

「お前らはみんな俺の行く先を脇に避けて待ってろ!」

「ガンを付ける」のでは正面の相手にしか通じない。「凍りつくような視線」でもって、周囲360度の生きとし生けるものに俺は威嚇したのだった。

仕方がないので駅員のいる出口へ向かうと、駅員は何か別の用事で電話の最中だった。

テメェも使えねぇな。例え電話をしながらでも、電子定期の解除くらいは出来るはずだろ。早くしろ、このクズ!

と思っていると、やっと行動を始めたゆとり野郎が改札を通す手続きをしてくれた。

俺の手続きを待っている輩が、出口へ向かって俺の正面に並んでいた。

お前ら、邪魔だ!

地元へ辿り着き、改札に定期をかざすも、ここでもまたシステムに阻まれてしまった。

海浜幕張のあの野郎、電子定期の解除をおざなりに処理しやがったな!

こうなったら戦争だ!お前分かってんのかよ!?これは戦争なんだよ!

SLAYERのDVDを見ながら、戦争のアンサンブルに癒しを覚える。


@ちぇっそ@
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2009/09/18 21:39 | ハードボイルド日記COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

ふりだしに戻る

2泊3日で帰省して来た。魚沼。

今年は祖母と親父の法要が重なったので「たまには田舎へ顔を出せ」の指令に従って、渋々ながら実家へおとずれた次第。

東京駅からたにがわMAXへ乗り込み、いざ越後へ。

2階建ての2階の窓際に座りビールをちびちびやる。飛び去る景色を眺めていると、まるで鳥になったよう。

空は快晴。高級絨毯のように拡がる田園の緑がまぶしい。

世界を俯瞰するとまではいかないけれど、そのひとしずくを手にすくうような、そんな満足感がある。

ショックアブソーバーによって軽減された振動が座席から伝わってくる。このスピード感がたまらない。

新幹線を開発した人たちって素晴らしい。

ほどなくして越後湯沢駅へ到着。

そこから上越線に乗り、盆休みだったが営業していたおふくろの店へと向かう。

美容室を経営しており、今日は夏祭りに出向く娘さんたちを着付けていたのだ。

土産に持って行った、九十九里の地酒を差し出す。

ウチの家系にとっては、バームクーヘンやら茶菓子やらを持って行くより、よっぽど喜ばれる代物だ。もっとも、休み中に自分が飲むつもりで持ってきた意味合いもあるのだが。

夕方になり帰宅。

実家へ着くと妹2人が茶の間に揃っていた。

下の妹はともかく、上の妹は仕事の休憩に戻って来たところで、座椅子でうたた寝している。

その光景が何か自分を拒絶しているようで、思わず表情がこわばる。

そして足元には、1年7ヶ月ほどになる下の妹の子供がはいつくばっていた。

今回、初めて見た。

本当なここで、「おじちゃんが帰って来ましたよォ」などと言いながら、くしゃくしゃになるまで子供の頭をかきむしって抱擁でもするところなのだろうが、「田舎を置き去りにしてきた」と言う負い目と、「この歳になって結婚もせず子供もいない」事実に後ろめたさを覚え、二の句が継げないどころか、初めから言葉など発せられなかった。

圧迫した空気に言葉が押し返される、絶句。

もっともこんな風に思うのは、単なる被害妄想の類なのだろうが。

無言の帰宅だった。

とにかく飲まないとやってられない状況で、早速「ビールをくれ」と、早めの晩餐が始まったのだった。

酒が入って多少会話がはずむようにはなった。上の妹が、休憩時間が終わって仕事に戻ったこともあって。

しかし下の妹の子供とどう接して良いか躊躇することに変わりなく。

それは必ずしも子供と遊ぶのが嫌だとか、接し方が分からないと言ったことではなく、どのツラ下げて田舎に顔を出しに来たのかと言う罪悪感に苛まれ、とても愛嬌を振りまく気にはなれなかったせいである。

気まずいと思っている自分の気持ちが家族にも伝わっているようで、全体の雰囲気はなんとなくぎこちない。

2日目は墓参りに行った。

歩いて数分のところに墓地はあり、そこの焼却場でお経の書かれた札を燃やすのだ。

それから村の神社へ移動し、そこでお参りをして帰る。

夕立が来そうだったので、さっさと済ませてしまう。風も出ていたのでろうそくは灯せず、線香も火をつけないままお供えして来た。

ものの一瞬で終えてしまう行事だが、田舎では会いたくない人たちがたくさんいて、自分にとってはほとんど拷問のような瞬間と思える。

もっともそれも被害妄想に過ぎなかったのだろうけれど、しかし元来、故郷を捨てた人間を快く迎えてくれるような気質は、我が里にはない。

結局は余所者。市中引き回しの刑に処せられた罪人の気分がする。

田舎ではいつも隣人についての悪い話しばかり聞く。因習がはびこり陰気で悪質な気質を目の当たりにする。

田舎が素敵だなんて、田舎を知らない者の幻想にしか過ぎない。

この場所は自分にとっては忘れ去りたい「過去」なのだ、などといきがってはみるものの。

3日目の朝は多少ましになっていた。

田舎の空気にやっと馴染んできたようだ。だが、今日で帰る。

朝飯を食い、またしばらくして少し早めの昼食。

おふくろに駅まで送ってもらい、越後湯沢始発のたにがわMAXへ乗りこんだ。

都会の雑踏が窓から見える頃。

上京してから数年の間は「都会へやって来た」と言った高揚感と共に、ひしめく住宅、聳え立つ高層ビルに新鮮な眼差しを向けていた。

ところが今やこの代わり映えのしない無機質な景色にうんざりすると共に、「自分の場所へ帰って来た」と言う安堵が先行するのだから薄情なものだ。

一度でも故郷を捨てた者は、結局は根無し草になってしまうのか。

何処まで行っても振り出しだ。


@ちぇっそ@
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2009/08/18 13:39 | ハードボイルド日記COMMENT(3)TRACKBACK(0)  

現し身

通勤の時間、会社近くのマクドナルドで朝食を済ます。

アイスコーヒーで唇を潤し、クライヴ・バーカーの長編がちょうど上巻を読み終わったところでページを閉じる。

おもむろに、キューバ・イエローとモノトーンの格子柄に包まれた箱を取り出す。

このパッケージが好きだ。これを手にしていると、「俺はタバコを吸っている」と言う気分にさせてくれる。

いつまでも新鮮さを失わない。コイーバは俺の人生の一部となっている。

たゆたう紫煙を飲みながら、俺はあることを考える。

「俺に子供がいたら、果たしてタバコを吸わせるだろうか」

答えは「否」であり、「是」である。

二十歳を過ぎる頃まで、俺はタバコが大嫌いだった。

俺の父親と母親は2人ともヘビースモーカーで、食後に一服かますその様子が俺にとって嫌悪の対象だったのだ。

祖母はごくたまに、数ヶ月に一本程度、タバコを吸っていた。

幼少の頃の俺は、その光景だけは好きだった。祖母がタバコを吹かし始めると側によって行き、吐き出される煙を、まるでネコじゃらしとたわむれるように振り払って楽しんだものだ。

そんな俺を見て楽しんで入る祖母が更に煙を吐き出す。懐かしい光景だ。

25の誕生日に、俺は急にタバコを吸おうと思い立ったのだった。

ちょうどロシア映画にはまり始めた頃で、「道中の点検」で主演だったウラジーミル・ザマンスキーが無骨な手でつまんでいたタバコに、たまらなく「男」を感じたからだった。

男たるもの、タバコのひとつも吸えないで「人生を生きた」と言えるのか?

「大人」になるためではない。俺は「男」になるためにタバコを吸おうと決めたのだ。

「タバコ」は俺にとって「決意」の表れである。健康のためであっても、禁煙ブームだからと言われても、それで俺がタバコを止める理由にはならない。

何故なら、俺は「信念を持って」タバコを吸っているからだ。

少なくとも、状況が許す限り俺はタバコを吸い続ける。何よりタバコが好きなのだから。

もし俺が結婚していて子供がいたとしたら、俺はその子が成人するまでは、彼または彼女の前でタバコを吸おうとは思わない。

俺にはそれが出来る。日に吸う本数は5本程度だし、現に今でも自分の部屋でタバコを吸うことはないのだから。タバコを吸うのは外出時だけに限られている。

自分がそうであったように、タバコの煙を嫌うかも知れないし、健康面で言えば確かに未成年には悪いかも知れない。

悪友との付き合いで吸い始めることはあろう。だが、たしなめることはあっても、禁止するほどに強く言うつもりはない。

成人したのなら、そこからは自分の責任だ。

タバコがどう言ったものかを教えてやるのも、親の務め。それで好きになるか嫌いになるかは、本人の意思に委ねることにする。

俺には想うことがある。

今はもうこの世にいない親父に対して俺が後悔していることは、一緒にタバコを吸ってやれなかったこと。この一点だけだ。

酒は子供の頃から一緒に飲む機会があった。だが、俺がタバコを吸い始めた時期が遅かったため、そして高校を出てから俺が上京してしまったことと相俟って、ついぞタバコを共にすることがなかったと記憶している。

親父が死んだのは、俺がタバコを吸い始めてからわずかに3年後だ。

「子供と一緒に一服する」これが親にとってどれほど至福を覚えることか、今では想像に難くない。

「有益なコネクションは、喫煙所にて生まれる」と、ひと昔前なら良く言われていたが、

「父と息子の絆は、灰皿を介して生まれる」などと、そんな格言があったなら嬉しいと思うところではある。


今日の仕事が終わった。

幕張テクノガーデンでは、今夜もビアガーデンが開催されていた。ハワイアンの生バンドが歌っている。

電車の時間までにちょっと一杯引っ掛けようと思ったが、席はどこも満杯だったので諦めることにした。

海浜幕張の駅へ着くと、「停電」につきほぼ全線で運休していた。

実は昨日も総武線が遅れていた。上り線で起こった人身事故のためだ。

このひと月の間、このような事態が頻出している。通勤、通学時に申し合わせたかのように、週に一度以上は繰り広げられている気がする。

振り替え輸送のバス停には長蛇の列。

とっくに並ぶ気もない俺は、総武線の幕張本郷へ歩いて向かうことにした。

信じられるのは結局「自分の足」だけ。もっともそれも健康のウチだけなのだろうが。

腹を括ったら後の話はシンプルになる。

途中、富士通前のコンビニでモルツのレギュラー缶を買う。それを飲みながらタバコに火を点け、しばしの間、何の変哲もない平坦な道をバスの路線沿いに歩く。

乗ろうと思えば、バス停から乗り込むことも出来る。実は始発の駅から乗るより、少し歩いて何個か先のバス停から乗った方が、待たずにしかもそれほど混雑してない状況で乗れるのだ。

駅からバスに乗るやつは阿呆。

しかし今日の俺は歩くと決めたので歩いて行くことにする。

しばらく行くと免許センターに辿り着いた。その向かいには、新たなコンビニが。

ここにコンビニがあることは計算づく。予定通り、先ほど買ったビールがちょうど底をついた。屑籠に缶を投げ捨て、店に立ち寄って新たなアルコホルを手にする。

ビールは疲れたので、グレープフルーツのチューハイ、ロング缶にする。

夕飯前、少し量が多いかと思ったが道中まだまだ長い。備えあれば憂いなし、だ。

最初のビールが効いてきたのか、気分がだいぶ良くなってきた。

通りかかった公演では少年たちが野球やらサッカーに勤しんでいる。何号線だか、産業道路だかの陸橋を越えると、そこにはまた公園。道路を挟んでシンメトリーの区画を形成しているようだ。

何か気になって、新たに立ち現れた公園に足を踏み入れる。

どちらも住宅街に近いのだが、こちらはさっきの公園のように人が寄り集まっていない。

備えられた遊具は立派なのに、まるでひとけがないのだ。

木立の生え方が妙だ。重力を無視するかのように不条理に伸びている枝葉。夕立の降りそうな現在の天気もそのような印象を助長しているのか。ここには、「何か得たいの知れない魔物」の気配を感じる。

ベンチで猫が寝そべっていた。

少し戯れてやろうかと近づいたら、「キシャァア!」と威嚇された。

見た目には、まだ縄張りをパトロールし始めて数ヶ月と言った若い風采なのだが、気性は荒く、堂々としてその場から逃げようとしない。

それでも時々、猫なで声を発して媚びようとする姿勢が伺えるのだが、更に半歩近づくとやはり「キシィー!」と威嚇されるのだった。

ああ分かった、分かった。お前の安息を妨げはしないよ、と。自分の行動の浅はかさに自嘲しながら、俺は猫の居るところを避け、公園の更なる奥へと脚を踏み込むことにした。

「しかし、誰もいないなぁ」と、まるで異空間と化した公園の真ん中でしばし佇んでから、俺は来た道を引き返すことにした。

とは言え、ここが居心地の悪い場所かと言えばそうではなく、今や屍と化しているような人種にとって、この空間の不気味さは俺と同様に心地良さを覚えるものではなかろうか。

悪霊が付きまとうのはお人よしと相場が決まっているし、悪魔とだったら俺は競合する気構えがある。

いずれにせよ、堕落した空気こそが俺の墓碑銘となるのだから!

帰りしな、さきほどの猫はベンチを立って藪の中へ姿を消そうとしていた。そうか。きっと、この土地の「主さま」へご挨拶へいくのだな。

俺は「じゃあな」と言って手を振り、猫を後にして先を急いぐことにした。


幕張本郷へと到着。俺はかなりいい感じで酔いが回っていた。

ドアの角によっかかると、向かいにはホットパンツに太ももが露なダイナマイトなギャルが陣取っていた。

ちょうどページを開き始めたばかりのクライヴ・バーカーの長編。その下巻の冒頭でも、酔っ払った主人公アーティがムチムチバディの娼婦に目を奪われている最中だった。

妙な共感を覚える。

今の俺なら、いくら助平な目をしていたとしても許容される気がした。相手もきっとそれを望んでいるだろうと思えてきた。

「視姦」してやらなきゃ、それは礼に失すると言うわけ。

さて、俺の「ダムネーション・ゲーム」は、駅を降りるまで続いたのだった。

Проверка на дорогах (1971) - 10/10 「道中の点検」

ウラジーミル・ザマンスキー(「ローラーとバイオリン」他)


@ちぇっそ@
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2009/07/30 22:24 | ハードボイルド日記COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

うつつ

夕方、飯を食おうと駅前へ出かける。

「てんや」でカレー天丼。タレがソース味になっていて、なんともエキゾチックな味わい。

有りか無しかで言えば、微妙。しかしこのジャンクさが時にはクセになりそう。

恒川光太郎のホラー小説でもないかと、駅の反対側にある本屋へ当りを付け、地下をくぐる。

緩いスロープを登って表に出れば、夏祭りがたけなわ。駅のロータリーを盆踊りの輪が回っていた。

空は鮮やかな夕焼け。宇宙色の空に、橙色の蛍光ペンで線を描いたように雲の筋が流れている。

見物人たちが空へ向かって携帯のシャッターを押している。

珍しいことにこの日、この夕焼け空の中に一条の虹が掛かっていたのだ。

雨は降らなかった。相当に湿気が濃いのだろうか。

15年もこの土地に住んでいるが、今日のような空は初めて見た。

赤いちょうちんが灯り、夕焼けに照らされた商店街も、ほろ酔いしたようにその壁を紅潮させている。

うっかり者の虹が空に絵の具をぶちまけ、国中の人に仕立てても余りあるほど大きな反物に染め上げる。

まるでこの世のものとは思えない風景。美しいというより、狐に化かされているような、そんな畏怖さえ覚えてしまう。

囃子太鼓が鳴り響き、昔話の世界へと想いが馳せて行く。

不意に出くわした幽玄な景色に、いつに間にやら今生と別れ、体から離れた魂が黄泉の国へやって来たのかと思い違えるほどであった。

しばらく街中を徘徊していたのだが、酒を買って帰る頃には、空はだいぶ暗くなっていた。

虹はとっくに消えていた。


@ちぇっそ@
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2009/07/19 21:46 | ハードボイルド日記COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

諸君らは「ついてないときはとことんついてない」と言う言葉を本当に理解しているか!?

本日申し上げるのは、内容が内容だけにブログにアップするのをためらわれたのだが、状況が一変したために結局ブログに上げなければ腹の虫が治まらない事態へと陥ったことから、恥を忍んで吐露致す次第。

会社の上司とぶつかりあった。多忙につき私が犯したうっかりミスなのだが、それを殊更に突っ込まれる。事前で発見されたのだが(そのためのチェック機構が働いたのだと思っている)。

経緯の説明をしても仕方あるまい。つまりは「品質」と「作業効率」の対立だったのだ。

先方は「品質重視」と叫ぶが、そればかりを重視していたら作業が滞るのは目に見えている。

だからと言って、しなければいけない行程を端折ったかと言うとそんなつもりは毛頭ない。

ただ「作業のスピード」も「品質の一部」だと思っている私と考えを違えただけなのだ。

まあ、それはいい。私が上司に対して主張したことはこれだけ。

「会・社・が・そ・う・言・う・方・針・で・あ・れ・ば・自・分・は・社・会・人・と・し・て・理・解・し・て・い・る・の・で・業・務・を・任・さ・れ・た・自・ら・の・プ・ラ・イ・ド・を・放・棄・し・て・で・も・そ・れ・に・従・う・意・志・が・あ・る。・会・社・が・全・責・任・を・負・っ・て・く・れ・る・の・で・あ・れ・ば!」

と言うものであった。

このご時世、スピードなくして何が「顧客満足」と言えるだろうか。

「0.333333・・・%」の決して割り切れない理解を示して論議を断ち切った。

私が機嫌を損ねると「一ミリたりとも後に引かない」所以はここだ。譲歩はすれども、完全なる同調はしないと相手に示すことなのだ。

それが「相手を言いくるめることだけに執心する輩」に対しては尚更、理解の姿勢など示すことなぞなく。

ふむ。当時者でない読者諸氏には「なんのことやら」と疑問符だらけの戯言にしか聞こえないだろうが。そう、これは単なる愚痴であるから気にするな。各々の想像に任せる。

さて、時は半時間ほど後。

武蔵野線を乗り換え、総武線へと辿り着いたところ、信濃町での信号機故障で電車がストップしている。

ついてないとはこのこと。

「いつ動くかわかりません。かなりの時間を要す模様です」とのアナウンスに、実際は皆が思いも寄らぬほど短気な私は、西船橋から2駅、歩いて帰ることにした。

歩きがてらタバコを吸おうと思ったが、最後の一本を昼休みに切らしてしまっていた。酒を飲みたいが、線路脇を伝う側道になかなかコンビニが見つからない。

酒もタバコもオマンコもなくて何が人生だ!?

しばらくして高架下にあるスーパーを見つけ、エビスを購入。飲みながら歩いていると、先ほどまでの悶着がただの些事に思えてきた。言うことだけ吐き捨てたら調子が出てきたようだ。

地元へ着く直前に、私が乗るはずだった電車がホームへ入って行く様子が見えた。動かない電車で待つなど退屈のきわみ。予期せぬ夜間の散歩をたしなんだのは正解だったかも知れない。

腹が減ったので、駅前の蕎麦屋でトンカツ丼を注文しようとしたら「カツ」が品切れ。

「じゃあ今日はいいや」とだけ残し、店を後にする。

「すまないねぇ」とまかいのおばちゃん。

今日はこんな日だから別に気にしちゃいねぇよ、と。

こうして飯の食い場を失った私は、仕方なく駅前の桜水産で一杯上げることにした。

本日オススメのトビウオの刺身を頼もうとするが売り切れ。ここでもか。まあいい。

ホッピー片手に揚げにんにく。鮭の中落ち茶漬けが滅法上手い。お気に入りのメニューだ。

まぐろのスタミナ豆腐を平らげ撤収。

全く泥のような一日だった。

明日もまた闘いが続くのだろう。今夜はしばしの休息。

団塊の世代など軒並み叩き潰してくれる!


@ちぇっそ@
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2009/07/07 23:21 | ハードボイルド日記COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

クソのような一日

新会社設立の会合があるからと、社員総出で本社へと繰り出したのは午後3時。

オフィスに残されたのは、派遣の俺とパートの女性2人だけである。

時節柄、俺の業務は立て込んでいた。だから留守番を任されたわけではないのだが、積り行く仕事をこなすのには良いタイミングだと思った。

だが、事がそのように上手く運ぶ事はない。

7月いっぴ。それまで嘘のように静かだった電話が突如鳴り出す。応対に追われる俺。

そこへ申し合わせたかのように降りかかる業務上のトラブル。もっとも、そのトラブルの原因は俺ではなく、俺が休暇を取っていた月曜の間に、担当社員がもたらした「置き土産」だったのだ。

繁忙期にも関わらずオフィスを空ける。大した仕事も出来ないくせに、高給だけを貪っているサラリーマン。

何の因果で俺はこいつらの尻拭いをさせられねばならないのか!

結局のところ、全く仕事にならなかった。

そして最終的に俺の堪忍袋を破ったのは、このオフィスのボスからの電話だった。

本社から掛けてくるほどの緊急事態!と思いきや、何のことはない。

「新しい会社へのドメイン変更、君はまだだったよね?明・日・ま・で・が・期・限・だ・か・ら・出・来・る・な・ら・今・日・中・に・済・ま・せ・て・く・れ・な・い・か」

一体それがなんだと言うのだ!?

そんな些事は日付が変わってから言ってくれ!

「今・日・し・な・け・れ・ば・間・に・合・わ・な・い・こ・と・を・し・な・い・で・明・日・で・間・に・合・う・こ・と・な・ど・や・っ・て・ら・い・ら・れ・る・か!」

「そんなことやっている暇はありません」と一言、俺は吐き捨ててやった。

<明日出来ることは、今日はしない>

トルクメンだかどこか、それが東欧のことわざだったはずだ。

定時を過ぎ、パートの女性2人は帰宅。

もはや諦めの境地に達した俺は、こころ行くまで残業を楽しんだ。マウスを操る右手が吊りそうになる。

だからマウスは嫌いだ。

マイクロソフトの提唱するオフィス2007は素人に迎合したためマウスを酷使する仕様となっている。そんな日和見なことばかりに執心している場合か?オールドスクールのユーザーに対する心遣いは何処へ行ったのか?と言いたくなる。

しかしこの程度苦戦を強いられただけで、ここまで腐る俺ではない。

仕事帰りに寄った松屋での出来事。

俺はカレー野菜セットを注文した。ところがいつまで経っても「野菜」が出てこない。

注文票を改めて見直すが、間違いなく「野菜セット」と書かれている。

隣りの客、そのまた隣の客にも「野菜」がばんばん運ばれてくる。皿を半分まで食ったところで文句を言う。

「ちょっとこれ、野菜セットなんだけど」

俺の注文を最初に取った店員は厨房の奥に引っ込んでしまった。だからある意味で無関係な店員にそこまで悪い口は叩けない。

当人であったなら、「野菜はもういらねぇから、金返せよ」と言ってやったところだ。

そんな風になっていたら、俺はもう一ミリたりも後に引くことはない。聞く耳などもたなくなるのだ。

それはかつて「霊視」してもらった結果にも表れている。

アパートまで帰り着くと、ガス菅の入れ替え工事の最中だった。また深夜の騒音が鳴り響く。

ここまで来ると俺は本当に「社会にないがしろにされている」と実感してしまう。

俺に対するこの扱いはなんだ!?

会社からバイト野郎から行政から、一体この俺をなんだと思っているのだ!

こんな社会に一体何の貢献をする義理があるのだ。こんなことだから選挙で投票する気も失せると言うもの。

どうせなら使えねぇ松屋の店員が市長になればいいじゃないか。エリートなんて大体が「実務」で使えねぇヤツラばかりなんだから。

口だけ達者でも仕事なんて何一つ片付かないんだよ!

「仕事をする」のが労働者の役割。管理職以上の「経営者」は黙って俺たちのすることを「見・守・っ・て」いるがいい。

「やり方」はいつでも分かってるのだから。

日々、酒を呷る量が減らない。


@ちぇっそ@
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2009/07/01 23:32 | ハードボイルド日記COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

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