タバコについてのエトセトラ

すごい!今日で禁酒4日目!

先週末からちょっと体調悪くてお酒の量を減らしていたのですが、ついでだから禁酒してしまえと思って、月曜から一滴も飲んでません。これなら本当にお酒が止められるかも!

な~んて中性子の質量ほども思ってません。

昨夜はスタジオしてました。とある魔術的の激音交感(ジャムセッション)をしていたからです。これについてはまた後ほどお知らせできるかと思います。


でぇ、新たなカテゴリを作って何が言いたいのかと言うと、「人は何故タバコを吸うのか?」と言うことについて一言申し上げたかったからに他なりません。

タバコを吸わない人に言わせれば、何故このような不味くて臭くて小金のかかる嗜好品を楽しめるのか?と、100の疑問はあってもひとつの理解もないかと思われます。かく言う私も高校生のころは親の吸うタバコに強烈な嫌悪感を抱き、親がタバコを吸い始めた瞬間に戸を開けて換気するなどして、「俺はこれほど不快感を示しているんだ!」と言う気持ちを親に喚起させようとしたものです。

そして私も社会人となり、バイト生活をするようになりました。そのとき、会社の人から「タバコも吸わないで人生何が楽しいことがあるんだ!?」とたしなめられました。

もちろん私はそのときはまだタバコは吸っていませんでしたから、面と向かっては言いませんでしたが、内心では「タバコなんて吸わなくたって人生楽しいだろ」と思っていました。だけど25歳になったとき、突如「タバコを吸おう!」と思い立ち、確か最初にキャスターかなんかを買ったのでした。

「肺に入れるんだよな?」と思いつつ、咳き込むのもカッコ悪いと思ったので、恐る恐るゆっくりと煙を吸い込みました。もちろん、そのときは味なんてさっぱり分からない。それでもなんとか頑張って繰り返し挑戦し、いつの頃からか吸えるようになったのでした。まあ、それがいつごろなのかは覚えてないのですけど。

じゃあ何故そのような苦労をしてまでタバコを吸いたいと思ったのか。それは人によってはごくつまらない理由だと思うでしょう。私は「タバコでも吸わなきゃやってられねぇな」と思ったからです。もしくは、もし自分が映画俳優になったときタバコを吸えないのでは、役が限られてしまうのではないかと危惧したからです(結構本気だったぞ)

要するに、「この歳でタバコの一本も吸ったことがないんじゃあ、人生の何たるかを知ったことにはならないんじゃないか」そのように、自らの見識を深める意味で「タバコを吸う人」の気持ちを知りたかったからと言い換えることが出来るかも知れません。

まあ「なんじゃそりゃ!?」って話かも知れませんがね。

私自身の話はそんなとこなのですが、本筋に立ち返って、「何ゆえタバコを吸うのか?」と言うことを考えてみましょう。

ここからは完全に私見による憶測でしかないのですが、「タバコを吸うこと」は「イニシエーション(儀式)」なのだと思うのです。

人は太古より成人の儀式を行って来ました。例えば、ジャングルの奥地に行ったら、鼻に穴を空けるだとか刺青を彫るだとか、はまたま天然のバンジージャンプをする部族なんてのもテレビ映像でお馴染みですね。そう言った儀式を行い一人前の大人になる。つまり「苦行を耐えることが出来たヤツは晴れて成人と認められる」そのような風習が、かつては世界各地に存在していたわけなのです。

成人し大人となった者は、子供たちから見たら「カッコイイ!」と思われ、憧れや尊敬の対象となります。だからみんながこぞって大人になりたがる(た、多分ね)。だけど儀式は恐い。でもそれを乗り越えなければ自分が「カッコイイ大人」として認められない。この葛藤を克服した者はそれが「自信」となり、精神的に一皮剥け「成熟へと向かって」行くとは考えられないでしょうか。

従ってこのように仮定されるとしたなら、このイニシエーションの儀式と言うものは実際的な効果を伴っていると言えますよね。

しかし近代化が進み、これは大航海時代に西欧人が横暴を働いた悪しき副産物とも言えるのですが、このような儀式の数々は「野蛮だ!」とされ排斥されることになって行ったのは周知でしょう。しかし我々は忘れていなかったのです!

このイニシエーションに代わるものを見出した。それはタバコであり、きっついお酒とかだったりしないでしょうか。

私はタバコの他にもウィスキーが大好きであり、それも飲めるようになるまでにだいぶ苦労させられた記憶があります。何度も吐きました。だけど吐いても吐いても飲み続けることをして、遂には「ウィスキーはストレートが一番美味いんだ!」と言い切れるほどにまで成長したのです。

何故ウィスキーを飲みたいと思ったのか?それは「ウィスキーのボトルがカッコよかった」からです。これもタバコを吸い始めた理由と同じ。カッコイイから自分も「ウィスキーを飲めるカッコイイ男」になりたかった、ただそれだけです。

酒やタバコは成人した大人の象徴でもあります。それを享受する大人を見て、青春の若人たちは憧れ、背伸びをしようとして酒やタバコに手を出す。最初はもちろん「なんでこんなことするの!?」ただ臭いだけだったり、美味くもない強い酒を飲んでむせる。しかし自分がカッコよく見られたいから頑張るのです。

この「苦行を耐える」ことこそが大事で、我々はこれを本能的に悟っており、だからこそ大人になるためのイニシエーションを自らに施すのではないかと、私は想定するのであります。現代のイニシエーションがここに蘇る!と言った次第です。

こう言ってはなんですが、酒もタバコもやらない人は、酒もタバコもやる私から見て「少し人種が違う」と感じたりするものなんです。それは精神的なものなのか、単に「体臭」なのか分かりませんけど(笑)

このイニシエーションに気付いて自らに苦行を課したかどうかが、その後に訪れる人生観に影響を及ぼしているのではないかと思うのです。

タバコは「人生」そのものなんです。タバコと同じように、人は死んだら灰と煙に帰すことになる。火の消えた煙草はただの塵だし、偉大で素晴らしい書物や芸術を残した大作家であろうとも、彼が死んでしまえばそれは単なる「しぼりかす」でしかない。後は畑の肥やしにするしかないというわけ。

そんな刹那な人生の残像(予告編かも)とでも言ったものを、私はタバコの煙の中に垣間見るのです。これはタバコを吸う人なら、たいがい分かってもらえるイメージかと思います。

仲間と吸うタバコは美味い。だけど「独りになりたいとき」もまたタバコなのです。この気持ちが分かるかどうかが、人生を生きる価値観の差となって表れるのだと思います。

概して、この「イニシエーション」の観点から展開して行くと「男」が対象になってしまうのかも知れませんが(割礼もそうだが、往々にして「儀式される」のは男だからだ)、しかし女性でタバコを吸う人ってのもいるわけでして、改めて思い返してみるとやはり女性であってもタバコを吸う人とは話が分かり合える気がしますね。

もちろんタバコは昔からあり、所詮は単なる嗜好品なのでそんな理屈と関係ねぇよ。と言われてしまえばそれまでなのですが(笑)。まあそこら辺は抜きにして、思考の自由を弄んでみたと言うところもあります。

だから要するに、このまま禁煙ブームが加速して「タバコを吸わない世の中」になってしまったら、果たして成熟した社会は保っていられるのか?と言う危惧があったりなかったり。

まあどうなるんでしょうね。個人的には世の中がステレオタイプになってしまってつまんねぇな、と日ごろ感じている次第なのですけど。


@ちぇっそ@
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2010/05/13 22:56 | エッセイ的なものCOMMENT(1)TRACKBACK(0)  

ちぇっそもっさの作り方

期せずして到来した3連休(有休消化のためと言う消極的な理由から

結局何も成すことなく、無為に過ごした3日間。このまま何もしないのはやるせないので、最終日は久しぶりに髪を切ることにしました。

もちろん「自分で」切るんだよ!

そこで私流の散髪の仕方を伝授しようと思います。

先ず髪を切る前に頭を洗います。普段、美容室で切ってもらうときと同じですね。

これは髪の毛のクセを取ってやわらかくするのと、切りながらバラバラと散らばらないためです。

そしたら散髪、開始!

最初に前髪の長さを決めてしまいます。「とりあえずこんくらい」って辺りまでばっさり。この前髪の長さに合わせて、横~後ろと切りそろえて行くのですね。ここ、ポイントですよ!

私は右利きなので左の脇から切って行きます。右から先に切ってしまうと、後で左を切ろうとしたとき、手の影になって長さを合わせ辛くなるのです。

毛先から徐々に切り揃えて行くのですが、このときハサミを少し上から滑らすようにしながら斜めに切って行きます。シャギーを入れて行くようなイメージか。

私はスキバサミを使わないので、このような本格的なテクニックを用います。シャギーだとキレイに梳き過ぎると感じます。普通のハサミで荒く梳いて、もっさり感を出すのですね。その方がワイルドな私にはぴったり(ワイルドと言うより・・・?

そして長さが決まったら、耳の上くらいの位置にハサミを持っていって、そこからまたちょっとづつ梳いて行きます。これは髪の毛に軽さを出す目的なので、髪型に影響が出るほど切ろうとはしないよう注意。

そして右側へ移るわけですが、実は左を切るときと右を切るときではハサミの当て方が違います。左を切るときは手の甲が上向き。でも右を切るときはひっくり返すので、手の甲が下向きになるのです。

これは人体工学に基づく手の裁き方で、無理のないカッティングを実現するためのものです(そんなメソッドがどこに?

手の甲が下向きになる右側は一見すると切り辛そうに思えるのですが、実はこの方が髪の毛に当たる角度が付き、効率良くカッティングすることが出来るのです(急に「カッティング」って言い出した

ホントはこの方法で右側も切りたいくらい。

もみ上げは生えてないのですが、もみ上げ辺りの毛は少し残し気味に。でも京本正樹よりは短くしてください。何故なら、私は必殺仕事人ではないからです。

そうしたら、いよいよ後ろ髪に取り掛かります!

後ろ髪は引っ張って見える範囲で切って行きます。私は合わせ鏡をしないので、この方法が最良なのです。でも心配するなかれ。経験上、「正面から見える範囲で切れて」いれば大概問題ありません。これは美容師から聞いた話でも明らか。

「ご自分で切られた方がキレイに切れていたりするんですよね。切り易いところは切れていて、切り辛いところは残っている。と言うことは、頭の形に合わせて滑らかな曲線になるんです」と(ウチのお袋も美容師で、近所のカリスマ美容師と同じことを言っていたぞ!でもお袋はウン十年もやってて年季が違うがなぁ!

で、ここでも梳きながら切るのは一緒です。

ブラシでとかしながら、はみ出た毛を切りそろえて終わり。

ポイントはコマメにブラシでとかしながら、「あえて」出来上がりの髪型にセッティングしながら切って行くことです。

ここで「あえて」と書いたのは、後で髪型のバリエーションをアレンジさせないためです。「キレイに揃えておいた方があとで潰しが効く」などとブレることによって、後に失敗を招いてしまう結果となります。

私の「巻き目」は左側にあり、普通なら「左分け」にするのがセオリーなのですが、私は今のところあえて「右分け」にしています。これは何故かと言うと、以前に自分で切ったとき、「たまたま右分け」に合わせて切り揃えてしまったからで、ある意味で偶然の産物と言わざるを得ません。

しかしここで気付いたことは、あえて巻き目の位置を違えたことで、ミスマッチによる「不良っぽさ」が醸し出されたことです!これがより「ちぇっそもっさ」らしい印象へ繋がったことになります。

「巻き目は左だけど(しかも2つある)右分け」これが、ちぇっそもっさの約87%を構成する重要事項なのです!

そしてこれは本邦初公開(後悔?)となる衝撃的なレシピをお教えします!

なんと、「左右のバランスは取らなくて良い」のです!

「何を馬鹿な!」とお思いでしょうが、顔の印象を決めるのはほぼ「前髪の印象」のみ(!)これが決まっていれば、左右がどうであろうと後ろ髪がどうであろうと、それほど関係ないと言う事実に気が付きました。

更に言えば、人間は左右で顔の作りが違ことは皆さん周知でしょう。だから髪の長さが違うことがあって当然。むしろ「左右では似合う髪型が違っている!」と言うことに気付くべき。

私の場合は左の方が長めに残してあります。これは「左が切り辛い」と言う事実もさることながら、後ろ髪の項でも述べた通り、「切り辛いところは残るのが当然」と言う原理に基づくところでもあります(それってさぼりなんじゃね?

言葉を変えれば、「切り易いところは綺麗に調節できる。でも切り辛いところは下手に調節しない」ことに繋がります。

ほとんどの人は左右の長さが違うことなど気付きません。人間って真正面を見て話すことは実は稀です。必ずと言って良いほど、少し斜めを向いて会話をしていることがほとんど。だからあまり気にする必要はないのです。

ただ、右顔と左顔の印象が無意識レベルで違って見えることがあるかも知れないので、後から「○○さん、今日怒ってる?」と言われることがあるかも知れません。が、それも「ううん」って言えば些細なレベルだと思います。

そして注意点をもうひとつ上げるとすれば、左右のバランスと通じる部分があるのですが「髪を切り過ぎない」こと。

「なんかちょっと違う」と思っても、そこから「切って調節」しようとすると大抵失敗します。髪はまだ濡れているので、乾いた後だと空気を抱え込んで短くなってしまうからです!

ここは判断の難しいところなのですが、「まあ、これでいいや」と踏ん切りを付ける決心が重要となります。これを誤ると、「とっつぁん坊や」みたくなってしまう危険性があるので注意が必要です。

とっつぁん坊やになってしまうと、「もっさり」と言うより、「こってり」になってしまうので、あなたの社会的地位を脅かすことになりかねません。

そんなわけで、ちぇっそもっさになるための散髪レシピをご紹介致しました。以上の手順、そして注意点を踏まえてハサミを振るえば、明日からはあなたも「ちぇっそもっさ!」

どうやら私は大変な秘密をバラしてしまったよう(!)

明日から私自身はどうしよう。

と言うか、どんだけ無駄な時間と労力を要しているんだ、オデ!

えらくマヌケな記事だなぁ。

最後までお付き合い頂いた者好きはいらっしゃるんですかね。どうもご苦労様でした。


拷問from彼方



書いてるウチに楽しくなっちゃた。



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2009/09/13 23:10 | エッセイ的なものCOMMENT(0)TRACKBACK(0)  

ちぇっそもっさの本棚

先日、パートのお姉さまから貸してもらったコミックが無類のおもしろさ。

「しあわせ団地」


内容は、人間のクズのようなニートの亭主(家にいるときは常に全裸)が、ちょっとお人よしなのだけれど、たたけばこちらも埃が出てくる薄幸な妻と織り成す、殺伐とした団地生活を描く。

ちょっとほろりする回もあるけど、救いのない腐った回もあって、そのバランスがたまらなくやるせない。

鬼畜系ノスタルジックパフォーマー「病気マン」を地で行ってる雰囲気があったりして、根本敬辺りの漫画が好きならきっと気に入るのではないかと思われる名作?かなw

そんなわけで、まさかこんな漫画を読んでいるとは思わなかったパートのお姉さま(同い年だ、ちなみに)に、こちらも何か見繕ってあげようかと思い、棚がないので平積みされたコミックを漁っていたのですが、出てきたのは鬼畜系ばかりだったと言うていたらく。

こんな感じで漫画を読んで来ました。生まれてすんません!って感じのコレクションを紹介してみます。

これがそう。

P8190002.jpg


ちぇっそもっさをして「さもありなん!」と言ったところでしょうか。

あ、山野一のコミックが写ってねぇや。他に好きなのは、泉昌之の「ダンドリくん」とか「豪快さんだっ!」なんかも。

まあ、これまであんましコミック買って来なかったんで、あらかたここに全てが集約されてる感じですけど。

丸尾末広はまあ定番ってことで。伊藤潤二とかも。つげ義春は当然としても、笠間しろうなんて結構渋いなぁ。

早見純は最凶に鬼畜ですよね。大越孝太郎は耽美でよいね。

山本直樹を読んでるからって、「お前はお洒落エロ信者か!」なんて言わないで。でも結構エロが倒錯してるからやっぱ好き。

駕籠真太郎の「凹凸ニンフォマニア」と「人間以上」は初版です。再販される前は2万円くらいの値が付いてませんでしたっけ?(そして今頃気付いた。「喜劇駅前虐殺」が古本屋で買ってビニールかぶったまま封すら開けてないことに・・・今まで読んでねぇってどゆこと?)

ってか、ここにあるのほとんど初版でした(写真のは全部そうかも)。まあ今時そんなんでどこまで価値があるのか分かりませんけどね。

しろみかずひさ「アルコールラムプの銀河鉄道」って結構レアなのかな?でもないか。初版。

中村明日美子「鶏肉倶楽部」を買ってたなんて、えらいぞ自分。ちなみにこれも初版。再販とはジャケが違ってます。

「SFフェチスナッチャー」って・・・。ププpッ

はらざきたくまは青年コミック。昔は大変お世話になりましたっ!(だから手放せない作家でもある)

胃之上奇嘉郎(きよしろう)は後の中村嘉宏(いま調べた)。SM陵辱描写に関しては随一と言える鬼才ですな。お気に入りです。

あれ?砂の「フェミズムセックマシーン」も持ってた気がするが、ない?あまりにインパクトがあったために買ってたと勘違いしたかな。私の言語中枢にかなりの影響を与えた漫画なのですが

(例↓文)

「オオッ、ナイスピストンッ! イエーッ、ファックマイケツッ! ウーイェーッ、ビッグチンポッ ユーズマイケツハーダ!」

作中のこんなセリフを参考にして、謎の自分プリーペーパーに詩を書いたことがあるんですが・・・。まあ、そりゃいいや。


とまあ、コミック談義はそんなところにして。以下、今日の出来事。


今日立ち寄った幕張のスパゲティ屋さんのお姉ちゃんがすげぇ私好みでした。今日は割引デイだったから行ったんですけど、定価のときにも行こっと。


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2009/08/20 22:56 | エッセイ的なものCOMMENT(0)TRACKBACK(0)  

私がミッチ・ミッチェルを想うわけ

衝撃的な事件!ジミヘンと活動を共にしたドラマー、ミッチ・ミッチェル氏の遺体がツアー先のホテルで発見されたそうです。死因は不明とのこと。

同じくドラマーである私は”ある面”から非常に強く影響を受けており、今回の報道には結構ショックを受けています。

20代前半ではFoxy LadyやらVoodoo Chileやら、Purple Hazeなんかをよくカヴァーしてました。はっぴぃえんど好きの友人の言葉に触発されたと言うか、ヒントを得たと言うか。

多くは語りませんが、ボンゾと言うよりは、私はミッチ・ミッチェルでありたかったのです。

偉大なるロック暴徒に安らかな眠りあれ。

「The Isle of Wight Festival 1970 Jimi Hendrix 4/11 cHaKsPiN」


ついでに私がミッチ・ミッチェルを語る由縁をひとつご披露
(22歳くらいか。Foxy Ladyの演奏中かも知れない)
PB130002.jpg


@ちぇっそ@
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テーマ : 音楽のある生活 - ジャンル : 音楽

タグ : ミッチ・ミッチェル

2008/11/14 00:03 | エッセイ的なものCOMMENT(2)TRACKBACK(0)  

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