非実在青少年

知人のブログを見たらこの記事に触れていたので、実は既に某私的掲示板にて(2chではない)で既に意見を述べていたのですが、改めてここに見解を示したい所存でブログ連投すまん!

結局のところ現在の「セージ(政治)」なんてものは損得の発生する賄賂だとかそんなもの的な手垢にまみれた悪しき米国式資本主義の弊害としか思っていないが確かに「非実在青少年」と言う言葉の響きはそれ自体ノスタルジックなレトロフューチャー風空想科学を想起させちょっとした引きこもり的ヲタなサイバーパンクまがいの愛玩を覚えるもの。

しかしこれが実際に施行されると、いわゆる「18禁」と言うものを全て廃止させなければならないことになる。つまり「18歳以下はメディアに載せてはならない!」としない限り、この法令は雪崩のごとく崩壊することになるのです。

たとえそれがドラマの子役であっても同様。どんなバラエティにでも、どんな子供番組にさえも「子供を映してはならない!」としないことには、この法令の矛盾を回避することはできないのです。

今後は「18歳以下の子供を映さない(報道しない)メディア」展開を余儀なくされるわけで、それでは「メディア」と言うものが全く無意味になってしまうと思われるのです。

子供の犯罪は隠蔽され、「子供だから犯罪を犯すことはない」とか「子供を見て性的興奮を覚える社会人はわが国にはいない!」と言った報道規制に繋がる危惧すべき事態になりかねない。

これはソ連邦の旧体制や、現在の北朝鮮が行ってきた情報操作に由来するわけで、歴史的あるいは地域的に見ても許されざる愚行。ロシア愛好家の私ですらこれは容認できない事実。

取り締まる基準が全くもって曖昧。古代ローマどころか戦国の倭の国にあっても「少年愛」は暗黙の了解であったはず。戦場では必ずしも「女」が手に入るとは限らず、否!戦いの場に女がいることなど稀。だから武将は自分の愛玩として「少年」を手元に置いていたことは現代の教養に於いては周知。今更「男色」が否定されるいわれはないのです。

まあそれはともかく。

単にヒマなのか、リーマンショック以降なんとか「仕事してる風」を見せてリストラを回避しようと躍起になっている窓際天下り役員が必至となってでっち上げる苦肉の「俺だけでも生き残り政策」のしょーもない法案にしか思えないんですが、何か!?#

こんなのいくらでも法の目を潜りようがあるし、個人的には全く心配していませんが、米国の健康志向的「禁煙法」など(これも単に米国政府とタバコ産業、あるいは大麻産業が仲違いしただけのとばっちりの気がしてならない)大戦時のドイツや日本的な全体主義を思わせる「右向け右」と言った極論を指示する風潮を助長するようで、今後の政治体制に大いなる不安を覚える要素であることを警告しておきます。

世論を扇情する気はありませんけど、こう言う些細な政(まつりごと)を「まあ俺は大丈夫だけど、適当に受け流しておくよ」ってスタンスでいると、気付かない内に大勢に飲み込まれ迎合することになりかねないので、今現在先進的な目をお持ち冷静な方々はよくよく気を付けてください。

「怒り」と「批判精神」を失わないで欲しい。信念を貫ことがどれだけ困難になるかってことを、これからの将来でいやと言うほど実感する機会があるかと思われるのです。

今の世の中は全て「金」で動いています。

「誰が儲けて、誰が損をするのか」を冷静に判断してください。

キャプテン・クックの時代に言われた「自由」は、現代で言われている「自由」と意味が違います。

自分が損をすると思ったら、即座に「否!」と手を上げるようにしてください。それが白痴の世論を一瞬「考えさせる」第一歩となる。

まあ個人が動いたところで大勢に影響はないかも知れません。

だけど意思表示することで少しは足かせになるはずなのです。

官僚や政治の言うことなんて関係ないですから。あくまで「自分たちに住みよい社会」を形成することが大事なのだと、それを肝に銘じて自らに課せられた大事な「権利」を行使するように心がけようではありませんか!

なんかすげぇプロパガンダな内容になってしまいましたが、なんつーかな。確かに自分に危害を及ぼす人間には嫌悪を覚えますけど、だけど個人的には基本的に「生きるうえでは何であり」と言うスタンスではあります。

例えそれが「殺人」であっても!

人生には何通りかの選択があると思っています。それは「生きる」ことであり、人を「殺す」ことであり、また「自分を殺す」ことも含まれる。

これらの要素がどれかひとつでも欠如したら、人生を生きることが難しくなると思います。

「死ぬ」ことが「人生を生きる」ことの中に含まれないと、人間は「逃げる道」をなくしてしまうことになります。

「逃げる」ことはそんなに悪いことでしょうか?

それはあくまで「人生の選択」だと思うのです。

「死ぬ」って凄い決断だと思う。

それを「弱い」って言い切ることは誰にもできないことだと思うのです。

「死ぬ気で頑張れ」って良く言いますけど、「死ぬ気」があるなら「死ねる」んですよ。

誰しも勘違いするところなのですが、「死ぬ気」があるから頑張れるのであって、だけど発展性がないのであればやはり「死んだ」方が幸せと言うことも有り得ると思うのです。

遠まわしな言い方になってしまいましたが、「死ぬ覚悟」がなければ「生きれ」ばいいと思うのですよ。

私は飛び降りなんてゴメンだと思っています。まして、なんとか食べることさえ出来れば「餓死」なんて惨めな最期は送りたくないと考えています。

「死ぬまで生きたい」それが私の心情。

なんかですね。もっと簡単に生きたいだけなんですよ。

どんな生き方をしてるかは関係ない。どんな死に方をしても関係ない。

「生きました」、「死にました」って、人生ってそんなもんでいいと思う。

なんでこんなに難しくなったんだろ。

倫理とか道徳とか、キリストとかって全然関係ないと思う。

なんか当初の議論とは脱線してますけど、とにかく「どうでもいいこと」を審議している行政には辟易してるってことです。

お前ら仕事しろって。


@ちぇっそ@
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タグ : 非実在青少年

2010/03/13 01:07 | 日本を告発するCOMMENT(2)TRACKBACK(1)  

コメント

はじめまして

 興味深いご意見を拝見させて頂き、トラックバックさせて頂いたのですが、もし問題等ございましたらお手数ですがご連絡頂きますようお願いいたします。

No:150 2010/03/13 22:24 | なみと #- URL編集 ]

いらっしゃいませ!

>みなとさん

こちらこそ初めまして。
このようなとりとめもない雑記に興味をお持ち頂きましてありがとうございますw
トラックバック全く問題ありませんよ。ご活用頂けましたら幸いです。

ちなみに今日新宿へ行ったら、ネカフェ規制に抗議するデモ行進に遭遇しました。
弱者を救うのではなく「弱者を排除すれば弱者はいなくなる」と言う理念の上に制定された法令は、強者の理屈から生まれたものだと思います。そりゃ怒って当然ですよね。

ほんと住みづらい世の中になったもんです。

No:151 2010/03/13 22:58 | ちぇっそ #- URL [ 編集 ]

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