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「ソマリと森の神様」第12話 最終回

心繋ぎ合う親子

お涙ちょうだい・・・


人間狩りにを撃退するため能力を解放したゴーレム。その力の脅威に自らおののき、ソマリの前から姿を消そうとするゴーレムだったが。

これも全てソマリちゃんのため思っての行動だったのですよね。

感情がないなんてことはない!

ソマリと一緒にいるうちにゴーレムにも人の心が生まれたと言えましょう。

何かそれはひとつひとつのエピソードの積み重ね。

ソマリが心配だから。ソマリに危険が及ぶから。ソマリが寂しがるから・・・

それはもしかしたら「AI」のような情報の収集ってだけなのかも知れない。

だけどゴーレムが取っていた行動には逐一意味があったと考えるならば、

その結果が「ソマリと一緒にいたい」という思考を生んだとしたなら、それは充分に親子の愛情と呼ぶべき感情なのではないか・・・

<総評>

人と人ならざるものとの交流。この場合、大抵は人の寿命の方が短く、人外の方が無常の念に駆られる展開が多く見られるものですが、この物語ではそれが逆転しているのですよね。

その中から生まれる「感情」という概念。それは無機物に芽生えるファンタジー。あるいはそうあって欲しいと願う人間の夢想でしかないのでしょうか。

私は決してそうではないと思うのです。

人は時として無機物へ大して類まれなる愛情を示すもの。例えばぬいぐるみとか萌えキャラだとか(あ。それだとまた意味合いが変わるか?

そこにあるのは他愛もない「ままごと」的な戯れなのか?

いやそうではない。

例えば「言霊」などとあるように、人の想いが無機物へ込められると言うある種の「実存化」なるものが存在するのだと思うのです。いや、そう思わざるを得ない事象などがあったりするもの。

それはまた逆も真なり。

ゴーレム思う故に人の心さずかる。的なものがあってもいいじゃないか!

人だから感情を持つのか。それとも人と同じ遺伝構造を構築したらそれは「人」として感情を持ち得るのか。

その永遠の議題を実に情緒的に描いて見せたのが本作の本質なのではないか。

ここにあるのはSF的思弁。それをとことんエモーショナルな視点で切り取った稀有なる叙事詩。

ソマリと森の神様こそ人類が模範とすべき寓話なのではないかと思った次第であります。


@ムハンホウちぇっそ@



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タグ : ソマリと森の神様

2020/03/27 21:57 | アニメ感想COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

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