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「ひそねとまそたん」第12話 最終回

【無敵の私たち】

生きる道を見つけるために


大切なものを全部守りたい!マツリゴトで払われる犠牲。そんなこと許せない!と、ひそねさんが選択した行動とは!?

楔女が文字通りの生け贄となることで完遂されるマツリゴト。今回は棗が、ミタツさまと添い遂げることで世界は救われるという。

だけどもっと別のやり方があるんじゃないかと、いやむしろ、別の生き方、死ぬなんて選択じゃなく、生きるって選択があるんじゃないかとひそねさんは棗に訴えたのですね。

ただ小此木さんを巡る恋の宣戦布告のような形ではありましたが()

ではどうするのか?

貞さんに問われたひそねさんが取った行動は・・・そりゃもう無茶苦茶なもので。

なんだかわかんないけど、とにかくあと一息のところまで漕ぎつけたのですが(その辺りは実にひそねさんらしいw

最後はやはり楔を打つために誰かが犠牲にならないといけないことが判明。そこに名乗り出たのは・・・

「わたしが行きます!」

大切なものを守る為、日本を守る為。それが自衛官の職務ですから!とひそねさんがひとり、いや。まそたんと共にミタツさまの中へと潜っていったのでした・・・

なんと最後は主人公死亡エンドか!?

この作風でこの展開。その意外性に驚きましたが、なぜか悲愴感はないのですよね。みんながみんなが思っている。

マツリゴトをあんな風にしたひそねさんだからこそ、今度もまたなんとかするんじゃないか?とね。

では、それがなんとかなったかどうかはみなさんの目でお確かめくださいという次第でw

<総評>

この作品のテーマとはいったい何だったのでしょうか?それは、大事なものを見つける。そしてその大事なものを守ること。と言った2点に帰着するのかなと思います。ありきたりではありますが普遍的なテーマであり、古来より形を変えてずっと語られて来た話であります。

これもまたそんなお話のひとつでありますが、それではどのような時にそうした「大事なもの」を見つけることが出来るのかと考えてみると。ひとつにはそれは「緊急事態に直面したとき」であると言えるでしょう。

世界の命運を左右する「マツリゴト」というイベントを前にして初めて自分の本心に気付いたひそねさん。これが最期と思う瞬間、そうした究極の状況に際して人はようやく本音を暴露するものかも知れません。

それは棗も同じで、自分の死を前にして初めて「生きたい」と言った。そう。誰も彼も死ぬために生きているわけではない。選択すべきは「どう生きるか」であり、そう言った意味で人は「生き方を選ぶ」ために生きているのかも知れませんね。

逆に「どう生きるか」ではなく「どう生きないか」、つまり人生を終わらせるという生き方もあるとするなら、生きる上での逃げ道になるのではないかとは思います。もっともあまり大きな声では言えない論理ですが、どんな選択肢も残しておいた方がバリエーションが増えていいじゃないですかw

アニメとしての雰囲気はとても独特で、手描き風の作画、ひそねさんのキャラクター、ゲロまみれのヒロインという匂い立つくらいの強烈な個性は、アニメが百花繚乱する現代に於いてなお類まれなインパクトを放っていたと思います。

まあ逆につかみどころのない作風だったとも言えますが、この得体の知れなさは正にこの作品こそがUMAの類ではなかったかと思う次第。ただこのアニメを見ていると、不思議と清い気持ちになったのだからほんと不思議。

というわけで、現代に蘇ったアニメ日本昔話?もこれでおしまい。私も何か大切なものを探しにこの夏、どこかへ出かけてみましょうかね。先ずは屈斜路湖あたりに・・・(やっぱりUMAかっ

ひそまそ~♪ひそまそ~♪♪ひそまそ~♪♪♪



@ムハンホウちぇっそ@

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タグ : ひそねとまそたん

2018/07/07 06:48 | アニメ感想COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

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