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「結城友奈は勇者である-鷲尾須美の章-/-勇者の章」第12話 最終回

【君ありて幸福】

友はどこまでもやさしく


ついに現実の世界にヴァーテックスが出現した。これはゆゆしき事態である。

世界を救うため、鎮守様と神婚することを決断した友奈。しかしそれは人としての生を捨てることであった。

こんなことが許されるはずがない。世界のために誰かが犠牲になるなんて!

東郷美森の叫びは、ただただ友を想う気持ちからであった。

鎮守様がそれに応えたとき、世界の行く末は決まった。

ここには厳しい現実が待っている。しかしそれは人間が人間らしくいられる世界である。

それは友奈たちが決めたこと。

人として生きる。

何故なら、そこに大きな喜びがあることを知っているから・・・

勇者部は続いて行く。そこに人がいる限り。

<総評>

こうして見てみると、最後は人間賛歌の物語であったと気づかされたような。

うん。感動!

結城裕奈に通じる前日譚から始まったストーリー。正直なところ、結城裕奈の話に戻ったところでまた前期と同じ話を聞かされるのかと思ったのですが(実際は前期より少し後の話でしたが)それはとんでもない誤解でした。

鷲尾須美の話があったからこそ活きた・・・いや。更に悲愴が増すこととなった結城裕奈の物語は、どこまで行っても「つらい、つらい!つらい!!」エピソードの連続でございました。

まったく救いがないとはこのことで、お陰で途中で感想を挫折しました(笑)だって「つらい」しか書けないんだもんっ

それはともかく。

最終回について少し考えてみると、鎮守様が友奈たちの想いを汲むようにして散華(つまり世界を元に戻して自滅?)したこと。これは鎮守様が友奈たちに説得されたからに他ならないような気がします。人が望む幸せは人に選択させるべきだと言ったところでしょうか。

鷲尾須美の章から結城裕奈の章に切り替わるときに挟まれた総集編が効いてましたね。そこまでの総括と、これからの物語展開をはっきりと示していたこと。何をどう見ていけば良いか総集編のお陰でとてもよく分かったのです。もちろん総集編自体の出来が素晴らしかったからなのですがw

とても独特の世界観を擁する物語であったわけですが、そこにあったのは常に「誰かのためになる」というやさしい気持ちでした。ただ大人と子供で方法が違っていたこと。大人たちは犠牲者の上に世界を救うことを画策し、子供たち・・・つまり友奈たちはみんなで幸せになる方法を模索したこと。

どちらが正しいとか間違っているとなどとは言えない。なんとかしたい!そんな気持ちでもって色んな手段を考え出そうとしたことは、どちらも発端は同じなのですから。

と言った感じで幕を閉じた物語。まだどこかの世界線でもって別のメディア展開もしているようですが(笑)またこうしてテレビアニメに戻って来ることがあれば、そのときはまたよろしく哀愁!ということでお願いしたいところです。

為せばたいていなんとかなる!

諦めなければまたいつか、ねw



@ムハンホウちぇっそ@

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タグ : 結城友奈は勇者である

2018/01/06 17:53 | アニメ感想COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

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