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「アニメガタリズ」第12話 最終回

ミノアカタルシス

アニメとは・・・?


2次元が3次元を浸食!?オーロラ先輩は「あっちの」世界の住人だった!?

2次元は予めそこにあり、製作委員会はそれをただセル画に落とし込んでいただけ!?

オレタチが信じていたアニメ、それっていったい・・・!?

最終回直前に至る超展開。一気にメタな展開と化したアニメガタリズはしかし、行きつくところアニメへの愛情溢れるラストへと繋がったというお話でございました。

<総評>

果たして。自分がなぜアニメが好きなのかと問われると・・・それは「面白いから!」とこの一言に尽きると思うのです。

面白くなければ見ない。だから1話ないし3話切りをしてしまう。ではなぜ3話で切ってしまうのか!

そこにはアニメに対する諦めきれない思いがあるから。1話では判断できない。2話では尚早。ターニングポイントを向かえるであろう3話を見て、ようやく視聴継続を決定する指針となるのもだからです!

現在のように製作委員会などという方式ではなかった時代。今より圧倒的にアニメの製作本数が少なかった。当然クオリティは約束され、面白くないアニメなどないとされていた。

まあかなり乱暴な言い方ですが、確かにその当時は今よりはるかにアニメの求心力はあったと思います。

ところがアニメが粗製濫造されるようになった現在(もちろん悪いものを作ろうとする制作会社などないと思っていますが)我々アニメファンは乱立するアニメ作品の中から視聴継続する作品を取捨選択せざるを得ない状況に追い込まれたと言えます。

かつてのように供給する娯楽が少なければそれを享受するしかなかったわけですが、今では消費者がどれを観るか?選ぶ権利が発生することになったわけです。

このことによって何が発生するのか?我々は「どのアニメを見ないか?」という理由づけをせざるを得ない状況に追い込まれてしまったと言えます。

大量に供給されるアニメに時間的、物理的に追いつかなくなった現在。断腸の思いでいくつかの作品を断ち切らなくてならない。そのために「どこが面白くなかったか」を発見する作業に勤しむことになってしまったのです。

かつてであれば「今日の何が面白かったか」を語るところを、「これがつまらなかった」という風に変換される時代になったということ。

そのために様々なワードが設定されることとなった。代表的なものに「作画崩壊」、その他とくに呼び名があるかどうか知りませんが、「クズ脚本」に「クソアニメ」など、そのアニメはもう見ない。あるいは後から評価が上がったとしても、見なかったことに後悔しないための言いわけがそれらの言葉に集約される状況がここにあると、私は思います、いや、ふと突発的に思っただけでとくに根拠はありません。

ただこれが良いとか悪いとかは言いません。こうした呼び名を設定し「見ない」理由を作る行為は、逆に考えればむしろアニメファン同士のコミュニケーションツールとなっているのが事実。

「今週、作画崩壊したよね」とか「嫌いになれないクソアニメ」と言った風にコミュニケーションが成立しているのですよね。もっともそれは歪んだ交流なのかも知れませんが。

そう。アニメとはひとつの物語としてはもちろん、それを取りまく我々アニメファンにとっての共通言語なのだと言うこと。

なぜこのアニメが好きなのか、あるいは嫌いなのか。それを語り合うことで生まれる何か(実はよく分かってないで言ってますw

それを求めてアニメを見続ける自分がいると実感する次第。

アニメを俯瞰的な立場から観察、その構造を解体し再構築して見せたのがこのアニメガタリズという作品なのではないかと思いました。まあ上手く言葉に言い表せてないかもですがw

ネタとして、また物語としてもしっかり面白かったアニメガタリズ。だから最後まで見続ける理由になったのです!

メタフィクション的な作品ですので続編とかは考えにくいですが(笑)1クールでひとつのしっかりした答えを生み出した意欲作であったと思います!



@ムハンホウちぇっそ@

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タグ : アニメガタリズ

2017/12/25 02:18 | アニメ感想COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

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