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「クジラの子らは砂上に歌う」第9話

【君の選択の、その先が見たい】

流れ込む、記憶と感情


気が付いたときには既にそこにいた。アラフニが語るオウニの出自。それはファレナの罪人によって造られた存在、デモナスであると。そしてオウニの中にあるそれは親友ニビが殺されたとき真の力を発した。

アラフニは言うのですね。ファレナがなぜ罪深いのは。それは無知であること。全てを忘れてしまった者たちなど塵以下であると切り捨てるのです。もしかしたらオウニのこともファレナは忘れてしまったのかも知れない。彼がなぜ?何のためにいるのか。

オウニが人造のものだとしたら、それは生命をいじくったということになるでしょうか。だとしたらそれが世の中の倫理にもとる行為であるのは明白。禁忌に触れた以上、それは許されるべきではない。果たしてファレナは本当にそのようなタブーに手を出してしまったのでしょうか。

そして一方ではファレナが「感情」を持っていること自体が罪であるという話も。クジラの住民に倒されたスキロス兵士が死に際に言った言葉でした。感情を持つことは醜い。それを持った人間は憎しみと怒りでいっぱいだと言うのです。

感情のもつれでケンカが始まり、それがやがて戦争となる。その兵士はそれが言いたかったのでしょうか。たしかにそれも一理ある。だからこそ帝国は世界から感情を失くそうとしているのか。感情をヌースに喰わせて。

しかし戦争のない世界を目指そうと言うのならば、そもそも帝国の在り方は矛盾してしまっている。ファレナはもとより、結局は今も他の国とも争いを繰り返しているのですから。

なぜ帝国はここまで感情を忌み嫌うのか。そこにはやはり世界にとってのトラウマとなるような事件があったからに他ならないでしょう。

さて、本来サイミアが発動しないはずのヌースの間でそれを解き放ったオウニ。ニビの死がきっかけでした。これがオウニの真の力。それはスキロスのヌースをも切り捨てました。ヌースはそのまま分散?するとそこにはアルチンボルドのような異様な光景が広がることに。

そこでオウニが見たのは小さな船に乗って砂の海に沈んで行くニビの姿でした。これが砂の底の光景なのでしょうか。それは死後の世界?このビジョンこそが砂の世界における精神的な基盤となっているのでしょうね。

その一方でチャクロは、スキロスのヌースであったオリヴィニスから取引を申し込まれていました。クジラの住人たちの魂を全て差し出したらアンスロフォスのコカロ(ギリシャ語で「人間の骨」?)をあげようという。

そうすれば痛みも辛い気持ちも全て書き換えるというオリヴィニス。彼には人間の記憶を改ざんする力があるようです。

しかし、もちろんチャクロはこれを断りました。痛みや苦しみを忘れることは出来ない。それが自分たちが生きて来た証しだから、と。

これで取引がご破算になるかと思いきや、コカロを渡してくれたオリヴィニス。チャクロが選択した未来が見てみたいという。

オリヴィニスは何を期待してチャクロにコカロを託したのでしょうか。世界に真意があるのだとしたら、オリヴィニスはその代弁者であるのでしょうか。それは分からないけれど、人が画策することがあるその一方で世界が求めている何かがある。オリヴィニスの言葉はそのことを示していたのかも知れません。


@ムハンホウちぇっそ@

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タグ : クジラの子らは砂上に歌う

2017/12/04 22:33 | アニメ感想COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

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