「セントールの悩み」第10話

【デートに現代美術鑑賞を選んだ場合…その1。】

【デートに現代美術鑑賞を選んだ場合…その2。】

ゲイジツはバクハツだぁ!


サスサススールちゃんとモブのクラスメートがデート(モブ言うな

こんなスキャンダルを放っておくなんて!というわけでヒメちゃん以下、極楽ちゃんと名楽ちゃんたちはこれを追跡することに。まあ「デートはついて行く」のお約束展開ですねw

ただこれには更に政府の監視もついて来ておりました。南極人であるサスサススールちゃんに何か「間違い」があっては国際問題に発展するからでしょう。にしても警戒厳重過ぎるw

デートと銘打っていますが、サスサススールちゃんにとっては異文化への興味から来る視察と言ったところなのでしょう。南極人には芸術と言った文化はない。数式の美しさを競うような実務的な洗練こそが優先される種族だからですね。

色んなことに偏見なく接しようとするサスサススールちゃんの姿勢は素晴らしいですね。でもやっぱりシュールな現代美術はなかなか理解できるものではなかったようで・・・。それはまあ、我々人間も同じなのですがw

現代アート。それは破壊と創造の連続であったと言えます。かつて写真の無かった時代には人や景色を写し取る重要な意味合いがあった。しかし写真の登場でその意味はなくなり、より主観的な視点で描かれる抽象画などへ移行して行った。

それがキュビズム、フォーリズムへと繋がり、やがて構造主義へと発展。写実と構造物との区別もなくそれは同じ画面に描かれ、ロトチェンコらに代表されるロシア・アヴァンギャルドとして開花したそれは現代ポッポアートの基礎を築いたと言えましょう。

その逆に「人が描くことに意義がある」として超写実主義、スーパーリアリズムという流れも連綿として継続して来た歴史がある。ロシアで言えばイヴァン・シーシキンなどはこの道の巨匠として知られている・・・。

とまあ、私の知識が及ぶ範囲で解説するとこんな感じかも知れないし、たぶんに間違っている部分があると思われますが、おおよそこんなイメージと思って頂けたら幸いですw

「何をもって芸術とするか」

それはもはや精神論あるいは哲学、もしくは単に屁理屈とか言い訳と言った部分が多くを占める気が無きにしも非ずですが、虚偽かどうかの審議はともかく、そうしたバックグラウンドの説得力によるところが大きいのも確か。つまり「口が上手いヤツ」あるいは本気でそれを信じていて「狂ってるヤツ」のどちらかが一世を風靡するに至ったということはあるかも知れないし、すいませんワタクシごときがそんなジャクソン・ポロックとかをポロックソ(ボロクソ)言う資格などむしろないですし(ぇ、むしろポロックとか好きです全然ありだと思っているので決してディスっているなんてことはありませんっ

現代アートとはすなわち、あまりに高尚になり崇拝の域に達した芸術と言うものを「ゲイジツ」として分かりやすく(いやむしろわかりずらいんだけど)我々庶民の手に取り戻してくれたエポックメイキングなムーブメントであったと思う所存。

なんでもあり。つまり「アー!っと、驚くサプライズ」を追及した創作活動がポップカルチャーであると結論づけるところであります。

このアニメ。そんな風にして時にアカデミックに文化・芸術を解体して見せる趣向がなんかインテリっぽくてニヤっとさせられるのですよねw

Bパートでは、サスサススールちゃんのデートを追っかけしていたヒメちゃん一行がたまたま御魂ちゃんと遭遇し・・・彼女もまた別のクラスのイケメンとデート中だったのだ!(イケメン女子と、ねw

お父さんが「絵描き」である御魂ちゃん。だけど生業して成立してない中途半端な活動に対し、さまざま思うところがあり・・・。ただお父さんのやっていることだけは応援してあげたいという親心なのですよね(あ。親が娘に心配されてるんだったっけw

そうした親子の関係に現代アートのネタを結びつける展開は、これなかなかウルトラD難度だと思うのだけれど、それをここまで上手く繋げてしまう作者の頭の中(あるいは製作スタッフ?)、いったいどうなってんの!?と思ったりしなくもないですw(いい意味で、ね!


@ムハンホウちぇっそ@

スポンサーサイト

タグ : セントールの悩み

2017/09/12 13:18 | アニメ感想COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

 | BLOG TOP | 
FC2 Blog Ranking