「Fate/Apocrypha」第11話

永遠の輝き

積年の想い


自らサーヴァントとなりて赤のライダーと剣を交えるジーク。しかしもはや限界を向かえた彼は元のジークへ戻ってしまった。そこへルーラーが合流するが、同時に赤のアーチャーによって暴走させられたスパルタクスが追って来た。

ジークが何故こうまでして前線に立つのか。その心情、覚悟についてはまだよくわからないところがあるのですが、ジークフリートの心臓を受け継いだこと、そして常に赤のライダーが生きろと言ってくれること。これによって生存本能が呼び覚まされ、それが現在の彼のアイデンティティが形成されたと見る向きも出来るような気がします。

要するにジークには多くの人の想いが託されており、彼はそれに応えることで自分の存在意義を感じているのかも知れません。それはホムンクルスとしてではなく、意志を持った一人の人間としての自覚の表れ。それが彼にとって何よりの生き甲斐となっているようでもあり。

赤のアーチャーによってルーラーにけしかけられたスパルタクス。相変わらず狂っているのですが、どうやらこれ、そもそもが「愛」に報いるための行動であったことが分かりました。

常に民の願いに忠実であったスパルタクスは、もはやその自我を他者に委ねているのみなのでしょう。人のために戦い、そして死ぬこと。それが何よりのアイデンティティ。「痛みこそが我が寵愛!」とでも言いたげに・・・、いや実際に「痛み」を糧として力を増すスパルタクスの様子は自滅的であり、しかしそこに最高の喜びを見いだしているとさえ言える気がします。

言ってみれば、ただの変態ドM野郎・・・。もとい!愛に生きる究極の英雄であると言えましょう!

一方で黒のランサーと赤のランサーが一騎打ちをする場面が展開。ただこのルーマニアの地に於いては文字通り「地の利」のある黒のランサーが有利であること。後世に於いて残虐王の名で知られるブラド公はしかし、自国民からの信頼はもはや崇拝の域に達しており、その承認力によって無敵の状態となっているからです。

ブラド公が願うもの。それこそはこの悪名の撤廃でありました。名誉あるいはプライドのため。ただしそれは私的なものに留まらず、恐らくは自らを信頼してくれた自国民に報いるため。彼らの崇拝が正しいものであったと証明するために成し遂げらねばならない命題であると信じているようであります。

この信念が実は今回この聖杯戦争を起こすに至ったユグドミレニアと似た境遇にあったと言えます。一族が受けた仕打ち。これを雪辱するために長きに渡って画策して来た。それが願う。その瞬間を逃すわけには行かないという想い。

だからこそブラド公に意気投合を示したユグドミレニアでありましたが、結局は英霊は英霊。手段の中で使役される道具でしかないということなのでしょう。

撤退した赤のランサーを追って赤の陣営に攻め込んだブラド公。完全アウェイの状況で形勢逆転を余儀なくされてしまった。そこでユグドミレニアが画策したのは、令呪によってブラド公に宝具を使わせること。つまり敵もろとも・・・という線を狙っているようであります。

結局、優先されるのは人間の業と言うヤツなのでしょう。


@ムハンホウちぇっそ@

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タグ : Fate/Apocrypha

2017/09/12 11:00 | アニメ感想COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

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