「セントールの悩み」第9話

【世間で偉人って言われている人の苦悩って。】

【世間で偉人って言われている人の人生って。】

僕の村は戦場だった


やり手実業家にして活動家であるカエルの人・・・って言っちゃいけないっ!それは「形態差別」になっちゃいますからね、くわばらくわばら。

両生類人、あるいは「フランス人」であるジャン・ルソー氏が学校へ講演に来ることになったのです。

ジャングルで行き倒れていた氏をフランスの宣教師に拾われ育てられたという。そして類まれな才能を発揮し現在の地位にのし上がった。

だけどそれは決して両生類人だからではなく、氏の努力によるもの。種族に関わらず立派な人はいるということ。じゃあおバカは・・・?ま、まあそれは言わないことにしておこう!

少数民族の保護活動も行っているルソー氏。それはある意味で様々な誤解を生むことがあるようです。氏自身の「手も汚れているのではないか」と言ったような。

氏を迎え入れるに当たって校長が言ったこと。

「手袋のままで握手するとは、いささか失礼ではありませんか?」

「いや!わたしの手は・・・」と言いかけて、ルソー氏は校長の態度を察したようです。

ルソー氏との対談を終えた校長に、これは教頭先生かな?がひとこと。

「手をお拭きになりますか?」

これに対し「私の手は汚れてなどおらんよ」と返した校長がかっこよかったのだ!!!

校長の姿勢。それは何人たりとも差別などしないということ。それが「汚れている」と思うのは、その人の心が汚れているからだと。

実はこれ、ルソー氏も同じように考えているようですね。少数民族との会合に向かったルソー氏。しかし彼らは「自分たちは常に哺乳類人に迫害されている」というばかりで話にならない。

これを嘆くルソー氏。「哺乳類人が我々に抱く誤解。それが我らにとっての毒」要約するとこんな感じ?

つまり誤解を誤解のままにしておくことは争いを生むし、例えそれを分かっていたとしても争うことで溜飲を下げるべく、あえて現状のままにしておくのは罪である。言外にはこのような意味が含まれていたように思います。

宗教や思想の違いによって起こる戦争。それら問題の発端について掘り下げるエピソードであったと言えます。

そしてBパートでは戦争で捕虜となったひとりの少年が描かれることに。

彼がそこで見たのは敵兵の仕打ちだけでなく、仲間による裏切りもでした。

少年だけがそのいさかいを止めようとした。リンチされていたのは敵の班長に気に入られた男でありました。

彼は言う。「味方が助けに来たらオレは裏切者として殺される。だけどお前は良いヤツだから生きろ」と。

少年がその男を助けたのはひいきからではない。純粋に争いを止めようとしたからでした。

そして解放軍がやってくると、その男は仲間だった捕虜になぶり殺しにされたのでした。

なぜ自分は生き、あの男は殺されたのか。そこにあるのはただの運命のいたずらであったかも知れない。

ただ誰にでも等しく運命は訪れるもの。種族も言葉も、見た目も性別も関係なく。

しかしその中で一筋の希望を見ることがある。それが少年にとってのその男であったかも知れないし、その男にとっては少年の勇気であったかも知れないのです。

だからこそ少年はそのたったひとつのことを信じたかったのではないかと思います。

そして場面は現代に戻ると、そこに映し出されたのは校長の姿でありました。そう。その少年こそはかつての校長だったのですね。

描かれたのは間違いなく第二次世界大戦そのもの。人はなぜ戦争を起こすのか。種族?それとも思想・・・?

否!

人が戦争を起こすのに理由はなんでもよい。身長が低いとか服のセンスが悪いとか。

争いの歴史を憂うとともに、人は結局変わることはないとする痛烈な皮肉をここに見た気がします。

ここまでストレートなメッセージを盛り込んだ作劇。作者の勇気ある訴えに大いなる感銘を受けました!

どこまでもシリアスだった今回。珠玉のエピソードであったと言えましょう。

セントールの悩み。実はそれって「人類の悩み」と言い換えても良いのかも知れないw

書き出しの文句。ついアンドレイ・タルコフスキーの名作タイトルを引用してしまいました。

だけどあながち間違ってない気がします。映像の質感、物語の悲惨さ。まったく引けを取らないほど、その重厚さは真に迫っていたと思います。

いや~ほんと凄かった!!!



@ムハンホウちぇっそ@

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タグ : セントールの悩み

2017/09/04 21:20 | アニメ感想COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

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