「亜人」第26話 最終回

【僕も約束しますよ、佐藤さん】
2週目、行っとく?

永井圭の先導による「佐藤生き埋め作戦」が決行される。崩落地点まで上手く佐藤をおびき寄せ予定通り爆破。見事に作戦が決まったように思えた。がしかし、佐藤にもまだ反撃の手段が残っていた。

佐藤は自分が持っていた別の爆弾?を爆破して、永井圭たちごと崩落に巻き込むよう仕組みました。こなると双方、条件は同じということになるでしょうか。いや、これによって佐藤の怒りを買った永井圭陣営の方が不利になった感すらありますが。

突進してくる佐藤を止めるべくあらゆる手を講じる。時には自らを犠牲にする者まで。このように佐藤をどこまでも邪魔して邪魔して邪魔しまくる展開が、ゲームを楽しみたいとする佐藤に対する当てつけとなっていた辺り溜飲が下がる思いがありました。

しかしもちろんこんなことでは佐藤は止まらない。むしろ怒りを増幅させることになる。苛立ちを隠さない佐藤は、恨み節を吐きながら永井圭の首を取ろうとする。それが研究所で交わした「約束だったからね」そう言って迫る佐藤がどこまでも不気味でありました。

これに対し永井圭もまた「あんたがどこにいようが探し出して必ず殺します」と約束を交わす。すると・・・

永井圭のIBMが同時に何体も出現!?佐藤を滅多打ちに。壮絶なリンチの末、佐藤の首がもげるという事態に。逆に首を取られたのは佐藤自身だったという皮肉。

しかしそれでも佐藤は生き返る。そのとき米軍が介入し、佐藤の身柄を確保するに至ると。

こうして日本を騒がせたテロリストは検挙された。ようやく日常を取り戻すかに見えたのだが。


<総評>
永井圭の元に戸崎から着信が入ると、護送中の佐藤が蒸発したとの話があり・・・

「これから2週目をやるんじゃないか」と言った佐藤ですが、相棒のことを「田辺」と呼んでいたのが気になりました。「田中」だったはずですが、これって「2週目」だからハンドルネームを変えたってことですかい?

それはそれとして。

この結末、以前と全く何も変わってないじゃないか!単に振り出しに戻っただけって、ここまでやって来ておいてどんだけふざけたエンディングなんだと憤ったと言いますか、脱力しちゃいました(笑)

まあ予想していなくはない結末ではあったのですがね。どうやって佐藤をやっつけるんだろう?それが出来なければループしちゃうだろうなとは思ってました。だけど常識的に言ってそれが「やっちゃダメ」な結末で、小説ならここで本を床に叩きつけてるし、DVDあるはBDなら窓から円盤投げしてるところでしたw

でもこれは「亜人」であり、この作品ってこういうところあるよなと、納得はしてないけど「やられた」という気分で降参するしかないかと思ってます。

そう。亜人はこうしてときどきシュールな「ギャグ」を挟んでくるのです。それがあまりに皮肉過ぎて笑えないレベルの。どんなことがあったか忘れましたが、過去のブログに言及していたことがあったはず。

最後の最後でこう来たか。これは狂気という名の皮をかぶった壮大な「ギャグアニメ」だったのではないかと、今ではそう思います。思ってしまいそうになっているワタクシがおります!

それはさておき、果たして「亜人」とはいったい何だったのでしょうか。作品としてではなく存在意義としての亜人という意味で
考えられることは、世間一般に対してのアンチテーゼであったということ。マジョリティに対するマイノリティ、または常識に対する非常識。

亜人の特徴として「死なない」ことが挙げられますが、それ自体が常識的にあり得ないことであります。「死ぬ」ことが生命としての条件であるとするならば、「死なない」亜人は既に生命ですらなく、ましてや「人間」として認めてよいものかどうか憚られるものがある。ただ姿形が「人間に近いから」という理由で、「人間風の生物」として「亜人」と名付けられただけ・・・と言ったら、私も亜人差別主義者として佐藤の標的にされてしまうのでしょうか(笑)

しかも死なない上に、雄叫びで人々を動けなくさせ、更にはIBMなどという黒い物体まで出す。ここまで来るともうわけがわからん!となります。

非常識で荒唐無稽でやることなすことメチャクチャ。これを体現していたのが、正に佐藤そのものだったと言えます。果たして、このような佐藤の在り方が亜人本来のものであるのでしょうか。いや恐らくそうではないでしょう。この傍若無人さは佐藤自身の資質であって亜人であることとは関係ない気がします。

最終回において一瞬だけ挟まれた佐藤の回想。彼は傭兵で最初の亜人駆除の任務に就いていた模様。そのとき佐藤は不死身の亜人を目の当たりにしてこう言いました。「あんな身体があったらいいねぇ」と。不死身になったらできることがある。正に佐藤はそれを実行したと言えます。

死にたくないから働く。死にたくないから生きる。人とはとかく「死」に縛られて生きるもの。それが人間を人間らしくしているとも言えますが、それが取り払われたとき、人はむしろ自分本来の生き方が出来るようになるのかも知れません。

「死」がなければやりたいことになんでも挑戦できるのではないでしょうか。エベレストの頂上から直滑降してみたいとか、死ぬまで美味いものを喰ってみたいとか、あるいはアブノーマルな性癖をお持ちの方ならそのプレイをどこまでもエスカレートさせてみたいと思うかも知れない(笑)

「死」という足枷がなくなったとき人はその本質を表す。そう言った意味で佐藤は実に正直な男であったと言えるでしょう。しかし足枷が解かれたときだからこそ、その人間性を問われる部分もあるかと思うのです。「死」がなくなり、なんでもできるようになったからなんでもやる。それではただの獣と同じ。むしろ獣の方が節度を持っているかも知れない。

「人間」とは何か?

むしろ「亜人」と対比されることで浮き彫りにされるのは、人間である我々自身ではなかったでしょうか。

と言ったところで亜人まとめ。感想をおしまいにしたいと思います。2週目?マジであるんですかね。あったとしても、もうこれ以上のことは語れないぞ!

なにとぞ、お手柔らかにお願いしますw


@ムハンホウちぇっそ@
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タグ : 亜人

2016/12/31 16:11 | アニメ感想COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

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