「ワシーリー・ボルトニコフの帰還」

戦争で重傷を負ったワシーリーは、数年の入院生活を余儀なくされた。その間連絡も取れず、夫は死んだと思い込んだ妻は機械工である別の男と結婚していた。ワシーリーは実に5年ぶりに故郷のコルホーズへと戻ったが、事実を知り激怒した彼は機械工を追い出してしまう。2人は再び生活を始めるが以前のようには行かず、夫婦の仲はぎくしゃくする。ワシーリーは仕事に精を出す。そして妻もまた懸命に仕事へ取り組み、夫の信頼を得る。機械工とも和解し、農場の新たな計画の下に、皆が以前のように活気ある生活へと戻ってゆく。


1953年、満60歳でプドフキンは没しており、その前年に撮られた本作は監督の遺作となる。恐らくカラーなのだが、フィルムが褐色しているため、全編がほとんどセピア色に映し出されていたことを断っておく。

この時期になると、プドフキンが描き続けて来た「戦争」や「革命」と言ったテーマは影を潜めており(ワシーリーは戦争から帰還しているが)、あくまで夫婦の愛情を捕えた人間ドラマが主体となっている。またかつて見られたようなテーマ性も希薄である。

しかしながら、気丈に振舞う利発で精力的な妻の姿は、女性もれっきとした社会の一員であると認めるプドフキンの流儀をそこに見ることが出来る。

「労働に喜びを!」と言ったような、スターリン政権下における生産性向上のプロパガンダを覚えることは難しくないだろう。プドフキン、ドヴジェンコと並ぶ三大巨匠の筆頭であるエイゼンシュテインなどは、その信念の強さからか当局の介入を余儀なくされている。

実際のところプドフキンがどれだけ外圧を受けたかは分からないが、今風に「空気を読んで」いたのであれば、このような作風もさもありなんと思えてしまう。とは言え、「プドフキン印」を随所で確認することは可能だ。

単純に考えてメッセージ性よりも物語性を重視しており、その中では「人間らしさへの帰還」が示されている。つまるところ、人民を機械のように操り、国の歯車としか考えていない官僚及びスターリンへ対しては、むしろ最大の皮肉が込められた映画と言えるかも知れない。

数年後にスターリンが死去し、ソ連は「雪どけ」を迎える。プドフキンは新しいソ連の姿を見ることなく、この世を去る。


<ひとくち感想>
最初、「プドフキンも丸くなったなぁ」と思ったりして(笑)。偉大なる監督の遺作だと思うとノスタルジックになります。


【作品情報】
1952年・82分
監督/フセヴォロド・プドフキン
脚本/エヴゲーニー・ガブリロヴィチ ガリーナ・ニコラエワ
撮影/セルゲイ・ウルセーエフスキー
音楽/キリル・モルチャノフ
美術/アブラム・フレイジン ボリス・チェボタリョフ
出演/ナターリャ・メドヴェーデワ アナトーリー・チェモドゥロフ セルゲイ・ルキヤノフ ノンナ・モルジュコワ


@ちぇっそ@
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タグ : フセヴォロド・プドフキン

2009/02/11 18:40 | ロシア映画COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

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