「聖ペテルブルクの最後」

知り合いを頼って町へ出稼ぎに来た農夫。しかし彼が勤めようとしていた工場はストの真っ最中だった。実は世話になっている家がストの首謀者たちのアジトとなっていた。仕事を得られない農夫はそのことを警察に密告してしまう。しかし革命機運が高まる時代の中で、彼は自分の過ちに気付き腐敗した帝政国家の真の姿を知る。そして十月。冬宮攻撃への合図となる大砲を、彼は撃つ。


エイゼンシュテインとは違った視点でとらえたもうひとつの「十月革命」。エイゼンシュテインはレーニンを中心に据え、ドキュメントタッチで革命の隆起から政権樹立までをスペクタクルに描いたが、プドフキンは「人民による革命」を情緒的に描いている。

プドフキンの代表作である「母」と対を成すような内容でもある。「母」では、革命運動に参加している自分の息子を密告した母が、同じように自らの過ちに気付いて捕えられていた政治犯たちの脱獄を助ける。「過ち」と「悔悛」はプドフキン作品に連なる一貫したテーマのようだ。

ラストでは今や革命の先頭に立つ農夫が、もう古びていて暴発しかねない大砲の機首へ志願する。冬宮への攻撃合図を出すためである。案の定、大砲は暴発し、農夫は瀕死の怪我を負う。そんな彼に手を差し伸べたのは、かつて自分が密告した相手の妻だった。革命は成功し、妻は彼を許したのだった。いや、例え成功していなくとも、心を改めた彼を妻はきっと許したであろう。

「母」での試みがより熟練した形で結晶した名作ではないか。


<ひとくち感想>
正に「プロレタリアートな映画」でした。仕事のない人たちの姿を見ると、まるで今の日本の現状を見ているようで身につまされる(笑)。現代の日本において、いま最も見ておきたい作品ですね。


【作品情報】
1927年・80分
監督/ミハイル・ドレル フセヴォロド・プドフキン
脚本/ナータン・ザルヒ
撮影/アナトーリー・ゴロヴニャ
美術/セルゲイ・コズロフスキー
出演/ヴェーラ・バラノフスカヤ アレクサンドル・チスチャコフ イワン・チュヴェリョフ


@ちぇっそ@
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タグ : フセヴォロド・プドフキン

2009/02/09 21:50 | ロシア映画COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

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