声のデカいヤツから先、前へ出ろ!

先週末からずっとCDの音源をPCにバックアップする作業が続いております。大量に処分する予定なので思い出作りなのだ!

って言うか、ここまで来ると逆に楽しくなって来ちゃう。元来、収集癖があるので、データとは言え一堂に会す様子を見ていると不思議と満足を覚えるものなのですね。

バックアップが取れたものから処分して行く。これをやっているととても買取アップキャンペーン期間内に間に合わない気がしてきましたが、まあそれでも良いかなと。

目標は500枚くらいだけど、半分の予定になりそう。ここで焦っても仕方ないので、気長に構えることにしましょうか。

さて、今日はおもしろ人間をたくさん目撃したのでご紹介。

先ず帰宅の電車に乗ったときでした。駅へ近づいたとき、どこから大声アジテートするような声が聞こえて来たのです。視線を泳がせてみると、ガードの上、駅のホームで叫んでいる「鉄男」、いわゆる鉄道オタクがいたのです。

ものすごい大きな声でアナウンスの真似事をしている。それは実際の構内アナウンスよりも高いデシベルを示していたかも知れない。デジタルな拡声器よりも良く聞こえるんだぜ!

「こいつはおもしろい!」と思って急いでホームまで駆け上がって見ると、ちょうど出発する電車に大きな声でエールを送り始めたではありませんか。まるで会いに行けるアイドルグループでも応援するかのごとき熱狂!

「えっほっ!えっほっ!6000系ちゃん、な~いす!!!」くらいの勢い。

電車を待っている人たちみなが彼を凝視。無理もない。しかしほとんどの人はクスリとも笑わず、「危ないヤツだな」と思って見ている様子。

そんな中で私はお腹が痛くなるほど笑っていたと言いますか、ひと目をはばかって笑いを押し殺しながら、やっぱりお腹が痛くなったのでした。

私が今まで見た鉄男の中でもこれほどの強者(つわもの)はいませんでした。見ているだけで命の危険を覚えるほどでした。

次は地元の駅に着いたときでした。駅前で弾き語りしている青年に遭遇。こいつも歌声がでかい。曲はたぶん、ゆずとか尾崎とかそんな系統か、もしくはカヴァーだったかも知れない。

上手いか下手か、味があるのか情熱だけなのかと言う前に、とにかくデシベルが高いので聞くに堪えないものがあり、よっぽど「はた迷惑なんだよ」と食ってかかってやろうかと思いましたが、見た目が高校球児を思わせる、ある意味こちらは味のある風貌というか、全然イケてないルックスだったので「まあいいか」とスルーすることにした次第。

社会に対してどんな不満があるのか、それともただの罰ゲームだったか、あるいは「何時間歌えるか」自分に挑戦していたのかも知れない。

関わってしまう無駄を考えたら、見逃して正解だったと思っています。

そして最後が一番やばい。これは「声」がデカいというわけではありませんが、アパートに帰って見ると、郵便受けにノートの切れ端が入っていて、そこに以下のような文面が書かれていたのです。

(全文掲載)

「この言葉を参考にして下さい。
そして、ほんのもう少しすれば、邪悪な者はいなくなる。
あなたは必ずその場所に注意を向けるが、彼はいない。
しかし柔和な者たちは地を所有し、豊かな平和にまさに無上の喜びを見いだすであろう。

義なる者たちは地を所有し、そこに永久に住むであろう。

まもなく、新しい良い時代が訪れます。」

差出人もなければ住所もなにもなし。この文面だけがノートの1ページを半分に切ったものに書かれていただけ。下線の入った紙面に「手書き」でね!

まずこの「邪悪な者」が誰を指すのか。もし私自身のことであったなら、それは隣の部屋の住人が私に嫌がらせに書いたのではないかと疑ってしまう。

夜中にYoutubeとか視聴したり、録画したアニメ見たりするのでね、その音がうるさかったかも知れない。それは反省。以前にも昔住んでいた隣人に怒られたことがあるし。

でもしょうがないんだよね。角部屋で道路の音がうるさくて、それでついついボリュームを上げてしまいがちになるのだから。でもそう考えるとほとんどの騒音はまず「私が」吸収してやっているのだから、感謝されこそすれ、恨まれる筋合いはないと思っています!(どんな理屈や

そんな私より、木造の二階部屋に二段ベッドを持ち込んで1日中在宅している隣部屋の方が恐い。窓からベッドが見えるし、人がいるのは気配でわかりますからね。なんかね、私のほうこそ落ち着かないのですわ。

三行目の「その場所」とは、私の部屋を指すのか、それとも会社の私の席を示すのか。実はこの席、昨年末に突然死された方が座っていた場所なのですね。だからそこに何かの気配を感じて「注意を向け」たとしても、霊感のない私には見えないのです。

それが「彼はいない」を指しているとしたら、これどんなホラーですか。

もしかして私があまりに霊感がない代わりに鈍感であることを嘆いた「彼」が、霊界から寄こしたお手紙だったとでも言うのでしょうか。

物質化までするなんて相当のパワーがあると思うので、今度ほんとにお祓いしなきゃいけないかと思ってしまうくらいです。

「柔和な者たち」が所有する「地」とはどこなのか?

これはまったく分かりません。

「義なる者たち」先ほどご紹介した昨年亡くなられた方は、生前「姓悪説」を支持し「人間は悪だ!」と豪語していたことから、これを書いたのがその方である可能性が少し薄れて来た気がします。

でも天国に行って改心したかも知れないし。

私自身は、先ず「善悪」の定義をはっきり決めない限り、人間が悪であるか善であるかを断定することは出来ないと思っています。そもそも「善悪」の定義がはっきりしていないのでは、人間がどちらかを決定づける要素はなにもない。従って、人間が善であるか悪であるかを議論すること自体無意味となってしまうからです。

「善悪」という観念自体「人間が決めた」ことでしかない。人間は「主観」で物事を論じる生物なので、全く普遍的ではない、ましてや時代や地域と共に変化する価値観に基づいた観念では、善悪の基準などどこにもないと言えます。

「善悪」の観念を持っていない(と仮定される)犬猫に「人間、おまえら悪だ!」と言われたとしたら、それなら本当に「人間は悪」と言えるかも知れませんけどね。

例えば「クジラを食べる」ことが「悪」なら、我々日本人は全て「悪」と言えます。だけど、例えばベジタリアンだけど戦争に行くアメリカ人がいたら、それは果たして「善」であると言えるでしょうか。

「クジラを食べる」ことは日本の文化であり、それを否定することは「文化的侵略」に過ぎないと私は考えます。別に「クジラが食べられなくなる」から小言を言うのではなく・・・実際あんまりクジラ食べないし、食べなくても困らないから。

だけどそういうことが議論される風潮自体に「否!」を突きつけたいわけです。

まあそんな時事問題はどうでもいいんですけどね。「また始まった」って思うだけですから。

イルカもクジラも犬も生きているものは全部食べ物だし、生き物であれば植物であろうと微生物であろうと、「どれかを必ず食べて」生きているのだから、「食べる」「食べない」の話自体がバカバカしくてお話になりませんわ。

話が壮大に逸れましたが、最後の「まもなく、新しい良い時代が訪れます。」は、ほんとうにありがたいお言葉で、この世知辛い社会が住みよい環境になることを切に望む次第であります。

ほんとね、今年に入ってから「オレになんの恨みがあるんだ!」ってことばかり起こっているので、そろそろうんざりしてきたところでしたから。

何かこう目覚めそうです。どこかに行きたくなって来ました。

いまなら宇宙の中心とチャネリングできそう。

はい。そういうわけで、もうハロウィンの季節なので、そろそろジャーマンメタルのバックを始めようと思います。


@ちぇっそ@
にほんブログ村 オヤジ日記ブログ お茶目オヤジへ
にほんブログ村
スポンサーサイト

2014/09/17 21:30 | 日記COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

 | BLOG TOP | 
FC2 Blog Ranking