「義風堂々!!兼続と慶次」第25話 最終回

【語れども尽きぬは漢の物語】
どこまでもいくさ人として。

伊賀の軍勢三百を相手に一席打った兼続。農民数千を相手ではいくら忍びといえど物の数ではない。数に奢るものは数に溺れる。まんまとしてやられた下坂左玄であったが、策を転じて兼続そのものを打ち倒すことで溜飲を下げようとした。

かつて左玄は武田に仕えた身、兼ねてより上杉への遺恨を残している。覚悟を決めた左玄は、今自分が使える徳川との縁を切ることを決意し、武田の兵士として打倒上杉を掲げる。

左玄が取った策は、今この高尾山に集う農民数千の中に伊賀忍軍三百を忍び込ませ、敵味方の見分けが付かなくなったところで一気に兼続を討ち取ることであった。

これにはさしもの兼続もかくやと思われた。ところがこの窮状に於いて兼続は突如「舞をひとさし」と言い踊りだしたではないか!

鉄扇を振りかざし兼続が唱えるは西行の唄であった。茂輔が吹く法螺に乗せて見事に舞ってみせる兼続。農民に紛れた刺客たちの殺気が突き刺さってくるのを感じるようである。

そして唄が最後の一行に差し掛かったとき、それは訪れたのだった。

「望月のころ~」

これを合図に、最初にいた農民たちがみな地面へかしずいたのだ。そのような合図などつゆ知らぬ伊賀者どもは立ったまま、その所在を明らかにした。

そう、兼続は予めこの事態を予想していた。だから合言葉を決め、もしものときに敵味方を見分けられるように手を打ってあったという次第。これは戦場における基本。軍師として兵士の守護にも抜かりのない兼続なのである!

しかし兼続の策はこれだけではなかった。敵の存在が明らかとなったとき、即座に襲い掛かっていった農民たちの手練なこと。なんと彼ら、実は農民にあらず。豊臣秀長、大和大納言お抱えの足軽たちであったのだ!

意表を突かれた伊賀者たちはいいように嬲られ、あれよと言う間にひとりの兵も残さず掃討されてしまった。下坂左玄が本当にしてやられたのはこの瞬間であった。

さてその戦いの最中、兼続を模して造られた菩薩を掘り出しに向かったのは茂輔である。次郎坊から菩薩の埋まっていると言う墓の「戒名」を聞いた茂輔は一目散に走り出す。その先にあったのは・・・なんと「名無し」の無縁仏の前であった!

これを仕組んだのは信長お抱えの刺客であった伴太郎左衛門である。確かに、「戒名」であれば調査の末いつか探し当てることが出来るやも知れぬ。しかし「名無し」であったなら、それはとても特定出来るものではない。いっぱい食わされたと思ったのは、左玄だけではないであろう。

兵を失い、今や孤立してしまった左玄は、これが最期とばかり兼続に真っ向勝負を挑んできた。しかし曲者である左玄がただ終わるはずがない。きゃつの腕が一本しかないと言うのは見せかけである。実は左手は有り、正に「奥の手」としてしまってあるのだ。

これが太刀であったなら兼続は左玄の一撃をかわせなかったであろう。しかしこのときたえ姫の声を聞いた兼続は、太刀ではなく鉄扇を抜いた。鉄扇を翻した兼続は、左舷の左手の攻撃を防ぐことが出来た。

瀕死を追った左玄は、同じ忍びとして次郎坊に介錯を頼んだ。

「良い死に方じゃ。これぞ忍びの本懐」

この言葉を残して左玄は絶命した。この男もまたいくさ人。相応しい死に場所を手にして思い残すことは何もなかったであろう。

さあ、ついに手にした地蔵菩薩。兼続と謙信の血縁を証明するものであるそれは、すなわち上杉にとって災いの種となりかねない。特に菩薩に添えられた書状が決定的である。

菩薩は既に火の中。書状も燃やそうと懐から取り出した兼続。しかしそこに見られたのは、兼続の瞳が描かれた墨絵のみであった。地蔵菩薩の目の単なる設計図である。

拍子抜けした一同。しかし兼続がそれを火にくべたとき、あぶり出しとなった文字が浮かびあがったではないか。

「われらが子 参る」

自走菩薩にもしものことがあっても、我が子を守ろうとした謙信の想いがそこにあった。謙信が息子の存在をひた隠しにしたのは、上杉を守る以前に我が子を守るためであったのかも知れない。

このように父と母の守護を身に染みて感じながらも、兼続は二人のことを父母と呼ぶことはなかった。それは両親が示した「義」に逆らうことになるからである。

「我に父母なし」

これが兼続の「義」。父母の想いに報いること。

兼続に課せられたのは、最後までいくさ人として勤める、その大儀に他ならないのであった。


<総括>
熱い。むさ苦しい。どこまでも「義」に生きた漢(おとこ)たちによる戦国絵巻でございました!

正直なところ、クオリティ的な面でいろいろと残念な部分はありました。と言うか、多すぎた(笑

OP映像の時点で、パチスロの画面をそのままテレビサイズに引き伸ばしたような荒いドットで残念とか。線描が多い原哲夫先生の絵をここまで簡略化してしまうかと言う残念感。今の技術があれば「北斗の拳」のOVAくらいのレベルまで再現できるんじゃないのかなと思うのですが、それでも難しいのかな?

それと一見してテンポが悪いと言う部分があったのですが、これに関してはいわゆる歌舞伎の「見栄」として、引いて引いて「ドン!」と来る演出を狙っていたのではないかと思って、個人的にはありだと思っています。

歌舞伎って実はすごく「映画的」だと思うのです。舞台なので当然カメラによるズームアップなどないのですよね。しかしそれを歌舞伎のメイクと「見栄」によって、ズームアップの効果がもたらされているのです。少なくとも私はそう思っています。

これはオペラにもミュージカルにも見られない日本独自の技法であり、世界に誇る演出だと思っています。

それを取り入れたことは非常に画期的であった半面、ズームでもCGでもなんでも使えるアニメでわざわざやる必要がどこにあったのかなぁと言うお茶目な一面はありますが、これは「歌舞伎」なんだなと思ったら(思い込だら)、次第に馴れきてこの「間」がすごく良くなって行ったのですよね。

そしてその見栄を切ったあとで切り込んでくる「決め台詞」。これのいつもカッコよかった!

制限時間いっぱい使って最後に持ってくる台詞にはずれがなかった。この辺りは原作の原哲夫先生の「格好いいこと」を追求する姿勢がよく表れていたと思います。ポイントをよくわかってらっしゃる。そして言葉選びとシチュエーションをよくご存知だ!

毎度、「かっこいい!」と唸らされて、ときには歌舞伎を見ているときのように「いよっ!仲村屋!」とか掛け声をかけたりしたものです(ここまで言っておきながら一度も歌舞伎の舞台を観に行ったことのないワタクシ

作品の作りとしては、私は以上のように評価する次第なのですが、それより何より、新潟県出身者にとって「上杉謙信」を題材に取る物語には胸を熱くせざるを得ないものがあるわけです。

毘沙門天を背負った正に「越後の神」ですから。もはや神話レベルと言っていい。だから気が付いたらこの作品の感想を途中からずっと書き続けていた次第で。

この作品ではその謙信に実子がいたと言う設定を盛り込んで、直江兼続の物語を描いてきたわけです。兼続が謙信の実子であるかどうかの真偽について私は疎いのですが、こう言った歴史の中の「もしも」を「こうあったら楽しいな、格好いいだろうな」と想像力豊かに展開してくれたことが無常の喜びでありました。

演技派揃いのキャストも抜群でした。更にテーマソングを歌う吉川晃司兄貴によるナレーションは、時代劇と言う舞台にぴったりマッチしていて嬉しい驚きを呼び起こしてくれました。正に「サムライロック!」時代を一刀両断する破壊力に満ちていたと思います!

全体的には手放しで賞賛することは出来ませんが、物語としてこれほど完成度が高く、興味を惹き付けられるストーリーは他にありませんでした。

兼続サイコー!上杉フォーエヴァー!

日本に生まれて・・・いや。新潟で生まれたことを本当に嬉しいと思いました。

今年の年末年始は実家に顔を出しに行こう!


@ムハンホウちぇっそ@
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2013/12/31 11:44 | アニメ感想COMMENT(0)TRACKBACK(1)  

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