「ワン・オブ・アス」マイケル・マーシャル・スミス


あなたの記憶、預かります。

「記憶預かり」を生業とするハップ・トムソンは、ある日「殺人の記憶」を預かってしまった。そのことで事件に巻き込まれることになったハップ。警察に追われるだけではない、みな同じ顔に見える奇妙な黒服連中にも付回される毎日。早いとこ依頼主にこの記憶を返してしまわなければ・・・。近未来を舞台に繰り広げられるクライム・アクション。

あらすじは記した通りである。この「記憶預かり」がどのようなものかを説明すると、例えば嫌な記憶を一時的に忘れてストレスを発散するだとか、不倫旅行を謳歌するために旦那との記憶をつかの間預けると言ったもの。後ろめたい気持ちを抱かないための応急処置である。

基本的には他愛のないものばかりで、しかも一時的な預かりに限られている。この社会では記憶についての法律が定められているからだ

一見、「記憶を預かる」だなんてしょうもない設定だなんて思われるかも知れないが、仮に「ストレス発散」と言う点に目を向けるならば、トラウマであったり罪悪感といったものから一時的に解放されることによって、精神のバランスを保ち社会生活に復帰させるためのリハビリーテーションに活用できるかも知れない可能性が考えられる。

もしこれが可能になれば医療としては画期的なことではないだろうか。稚拙なようでいて、実は大変興味深い分野であることがお分かり頂けるだろう。

ところがこれを悪用しようと考える輩が出てくる可能性も充分にあって、犯罪の記憶をなくしてアリバイを成立させようとする連中がいてもおかしくはない。精神にとって有効な活用も出来れば、非合法な利用方法もあると言うわけ。「記憶預かりは使いよう」テーマとしては非常におもしろい設定を含んでいる。

主人公ハップは、とある女性の記憶を預かったところ、それが殺人の記憶だと分かった。預かった記憶は自分の記憶の一部になるのだ。しかし自分の記憶との区別はきちんとついている。どの記憶が依頼人の記憶かは分かっているのだ。

ハップは最初、その厄介な記憶を元の女性に戻そうとするのだが、事件の真相に近づくにつれ、今度はその解決に自ら乗り出すように気持ちを変化させて行くことになる。

本国では1998年に刊行された本書は(1999年に翻訳刊行)、ネット社会を予見しているような節も見られ、サイバースペースのイメージを仮想現実の世界として展開して見せている。

ネットを活用したビジネスから、サイバーテロ、そしてネット犯罪の様子までを既に描き出しており、それらは現在我々が目の当たりにしているものとほとんど違わないものだ。ネットが起こった時点で、既にこれらは予測出来ていたと言うことなのだろう。

それとは逆に、もっとアナログなレトロフューチャー的な近未来もここには展開している。その代表が「自立する家電たち」の存在である。

「時計」がハップの相棒である。時計はときどき彼を助ける。そして家電同士のコミュニティによって、最後はハップ最大のピンチを救うことになるのだ。アメージングストーリーのような「家電」たちの大活躍がとても楽しい。

さて問題となるのは、この本の帯に記されている文句。「世界創造にまで迫る」の部分だ。

「記憶」が太古に由来することは想像できるかと思われる。要するに「DNA」や「遺伝子」レベルでの記憶の継承と言うヤツである。ところが本書で書かれているのはそのような生物学的なものではない。

言わばそれは概念としての「宗教」であり、「神が何故、神であるのか」あるいは、「天使とはなんぞや?」と言ったことを、極めて主観的な思索を持って懇切丁寧に説明くださっている。

その概念はとてもおもしろいし、さり気なく量子論的な科学考証も交えながら説得力高く記されているのだが、いかんせん本編との脈絡があまり見出せないところがある。もっとも私の読解力のなさから、本編との乖離を覚えただけかも知れないが。偏差値のある方なら、高次元でこの思想とストーリーを結びつけることが出来たことであろう。たぶん?

恐らくは、作者の中で「記憶」と「神や天使」についての話が何らかの関連性を持ったからこそ、このような思想が導入されたと推測するが、いささかひとりよがりな部分があることは否めない。だがしかし、ストーリーと切り離して大変興味を覚えた箇所であることは確か。本当に目からウロコが落ちました。

設定は斬新。理路整然としたストーリーに一切破綻はない。完成度だけで言うなら高いレベルにある。ただ個人的にはさほどおもしろさを感じなかった。文章が硬いような気がした(翻訳された文章が硬いという意味ではなく)。これには相性の問題があったかも知れない。

ノワールらしく粋なセリフもばっちりなので、リズムに乗れる人はかなり楽しめるのではないかと思います。

個人的には、マイケル・マーシャル・スミスは短編の方が好みかな。


@ちぇっそ@
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
にほんブログ村
スポンサーサイト

2013/04/25 23:07 | 読書感想COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

 | BLOG TOP | 
FC2 Blog Ranking