「コンクリート・レボルティオ~超人幻想~」第7話

【空も星も超えていこう】
完全に正しき超人は、嘘つきの夢を見ることが出来るか?

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タグ : コンクリート・レボルティオ~超人幻想~

2015/11/16 22:05 | 日本を告発するCOMMENT(0)TRACKBACK(0)  

JT日本たばこ産業を飲む!

「今日は飲むぞ!」
そう思ったのは、今朝一番で飛び込んで来たニュースを見たからでした。もっとも発表のあったのは昨日のようですが。
JTが飲料事業から撤退するという話。これが結構なショックで、朝からテンションだだ下がりになってしまった次第。
何故なら、ここから発売されている缶コーヒー「ROOTS」が大のお気に入りだったのだから!
夕飯を買いにいつものスーパーへ寄ってみると、いつも以上に銘柄も豊富にルーツが出揃っているではありませんか。
これはもう明らかに飲料事業撤退のニュースを意識したマーケティングだなと思いました。
それ以外にも、JT由来の愛媛のいよかん炭酸ジュースだとかが並べられており、早くもお別れムード満点な状況にとても悲しくなってしまいました。
しょうがないのでご祝儀とばかり、JT商品ばかり何種か買って行きました。ついでにアサヒのフルーツミックスヨーグルト風味も。乳酸菌を摂取したい。
今夜の晩酌は「JT」だ!
巷では「経済復興」なんて言われてますが、これのどこが回復しているって言うんでしょう。
もちろんJTの戦略が失敗したことも原因があるのでしょう。ことさらJTを擁護するつもりはありません。
しかし欧米に右倣えの「嫌煙運動」が盛んになって以降、どうにも風向きの悪いJTにはどうしても同情してしまうのです。
私もたばこを吸うので、愛煙家の回し者だと言われても仕方ありませんが、例え吸わなかったとしても、こんな風に社会からハブられる状況には許せないもを覚えたに違いありません。
カップ焼きそばは決してペヤング派ではありませんが、それでも例の異物混入事件で操業停止になっている状態に心を痛めるのと同じ気持ちだと思ってもらたら分かるでしょう(それでわかるのか?
それはともかく。
格差が生まれてそれで良しとしている社会。「日本」を守れない政府なんて、何の意味があるのでしょうか。
この1年、激しい憤りが収まりません。
そんなクソ日本なんて、さようならだ!
ところで缶コーヒーのルーツ、どっかの企業が買い取って継続してくれないかな。私に天文学な資産があったら自分で買い取っているところです。夢のまた夢ですが。
庶民からまたひとつ、ささやかな楽しみが奪われる。


@セルゲイ・グーイチ(ちぇっそ)@
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2015/02/05 21:35 | 日本を告発するCOMMENT(0)TRACKBACK(0)  

この度の解散総選挙の投票を拒否します

歳の瀬に起きた「今のうち解散」とも言われる安倍政権の解散総選挙。「政」(まつりごと)は文字通り「祭り事」と感じるところもあって、実は投票所に行くのが結構楽しかったりする。
ところが唯一支持していた「みんなの党」があのようなていらくを晒して解党。一体どこに投票するかなぁと考えあぐねておりました。
しかしここへ来て「投票しないのも権利を行使する手段のひとつだな」と思い至って、今回の総選挙では誰も支持しないことを決めました。
アベノミクスについては、政治家の誰かが言っていたように「前半は合格、後半は失格」の言葉にいたく共感する次第で、増税後の状況が酷く、とにかく「良い話」がひとつもないと言うのが庶民レベルで実感される現実がある。
「還付金」だとかなんだかで大企業は儲かる仕組みだそうだけれど、それが庶民に還元されることはないということはあらかじめ予想が付くものでした。案の定というか、それに加え円安や原材料の高騰などが重なり、更には便乗値上げにていのよい価格改定などが加わって目も当てられぬ惨状。
なるべくしてなった景気低迷だと断言できるものであります。増税以降、一週間のうち5日間は夕飯をカップ麺で済ます生活を、もう半年以上続けている私が言うのだから間違いない。そしてこれだけ切り詰めてもまるで生活が向上しないのは一体誰が悪いからなのか。
投票に行かないのは、件のとおり「みんなの党」が解党してしまったのが第一義でありますが、そもそもそれ以外に支持したい政党がないからであります。無理にでもあえてどれかに投票すると言うのも何か本末転倒な気がしてなりません。だって、好きでもない人に告白するヤツがどこにいますか?
そもそも自民以外の政党は、アベノミクス批判にかまけているばかりで、どこも政策を示していないのだから誰が何をやりたいのかなんて全く分からない。
そうなると争点は「アベノミクス支持か否か」という問題になってくる。
アベノミクスの是非を問う選挙とも言えますが、それはアベノミクスに対して「評価」を付けるという意味合いが強い。しかしはっきり言って、このような事態を招いたアベノミクスに対して、評価することすらしたくないと私は考えているのです。
だから投票に行った時点で、アベノミクスに「評価を与えた」ことになってしまう。それが是でも非でも。私はそれすらしたくないのです。つまりアベノミクスは評価の埒外と言う事。
こんなのははっきり言って政治ではない。ただ「ヒーローになりたかったヤツ」が施行した中二病だと私は思っています。体調を崩し途中で退場せざるを得なかった前回の総理辞任における悔恨が、今日の安倍晋三の体質を作り上げたでのはないかと踏んでいます。
言ってみれば「トラウマの首相」なのですね。
政治には心底落胆した。この国そのものに対しても、もううんざりという気持ちでいっぱい。正直なところ、この日本という国すら嫌いになりかけている自分がいます。だからそんな国になど貢献したいとも思わない。
いささか文面が乱暴になってしまって申し訳ないところ。色々説明などを省いているので、論理展開が唐突に思える箇所があったかも知れません。
本当に毎日イライラしていて人間としていま相当に根が腐っていることは否定しませんが、私自身はいつも通りテキトーにやっていますので、これから何か過激な行動を実際に起こすつもりなど毛頭ありません。
っつーかそんな気力体力ないし・・・徒党を組むのはもっと嫌なので、気が向いたら自分で勝手に何かやるか、それともやらないかだけですのでご安心を。たぶん何もしない。
そんなわけで今回は「投票しない」ことで自分自身の意志を示すことにしました。
「俺はもうこの国を見捨てることにしました」
これが今の私の所信表明です。


@ちぇっそ@
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2014/12/10 19:59 | 日本を告発するCOMMENT(0)TRACKBACK(0)  

おい民主党なに言ってんだ!?

政党から「いじめに遭っている」とかってさあ、大人の世界ならそんなの普通じゃねぇか。

デフォルト(初期設定)なんだよ!

批判されたからってガキみたいにだだこねるのか?

木更津あたりの学のねぇヤンキーみたく逆切れしたらそれで誰かがことを重要視すると思ってんのか!?

ふざけんじゃねぇ!お前ら人生一回やり直してこいよ!#

ガキの喧嘩じゃねぇんだから、もっと理論武装して来いってんの!

こんなのに俺らの政治任せてるかと思うとほんと幻滅するわ。

政治家は全員ことごとくなにも分かっちゃいねぇ。

「政治家」って名乗るヤツは例外なく全員だ!お前ら底辺から全部体験して来い!

「労働」って何かわかってんのか!?

わかんねぇなら一回死んで来い。

「労働」の意味がわかんねぇならお前らの言うことに共感できねぇ。

無所属だろうとなんだろうと関係ねぇ。

俺に言わせれば「労働」の何たるかを分かっている政治家なんて一人も知らねぇんだよ。

マジでムカつくっつってんの!

自民党って意味ねぇしさ、民主だって役立たずだし、日本共産党なんてウンコだろ。その他の政党や無所属だってゲロか泥かどっちかの程度の差しかねぇんだよ。

俺が唯一支持する「みんなの党」だって「チェーン店が提供するひつまぶし」程度の物珍しさくらいの価値しかない。

つまり「バイトで出来る」レベルの行政だっての!

お前ら「世の中」を勉強しろっての。「TOEIC」なんて持ってたってモンゴル人の大半には英語なんて通じねぇんだよ。

「英語」は未だ「全世界共通」じゃねぇし、「専門用語」が分からなければ理解できない「政治」なんて誰のためのものなんだ? 「頭の悪いインテリ」共にしか通じないんじゃ意味ねぇじゃん。

百歩譲って政治家どもが救いようのない馬鹿共だったとしてもいいよ。

だけど「自分の馬鹿さ加減にすら気づかな馬鹿」共だったと知った後に、果たして支持できるかどうかってことだとよな。

とりあえず「政治家」と名乗るヤツは一度すべて死ね。

反論あるなら俺が完璧な理論でもって全て覆してやるからかかって来い!


@ちぇっそ@

2011/02/15 00:33 | 日本を告発するCOMMENT(0)TRACKBACK(0)  

都議会の阿呆どもへ告ぐ

都議会がまたアホなことへ審議を費やした。例の「非実在青少年」の項目である。この度は具体例を挙げてその判断基準を表明したわけだが、これが甚だ稚拙に過ぎて困る。

いくつかの例を挙げるなら、「ワカメちゃんのパンチラ」、「しずかちゃんの入浴」、「エヴァの綾波、アスカのヌード」はOKと言う全く要領を得ない結果となった。

ワカメちゃんのパンチラがOKなら、(話の展開で)二週間後にワカメちゃんが急成長して高校生になったらそのときのパンチラはOKなのか?とか、しずかちゃんの入浴がOKと言うなら、いつものび太くんが窓ガラスをぶち破ってしずかちゃんが浸かっている浴槽に突っ込んでくるオチが待っているのだが、そのときのび太くんが裸のしずかちゃんに覆いかぶさるようになってしまう状況は「不純な行為」を想像させるものなのではないか?とか、綾波レイのヌードがOKなら人気投票を取って国民の過半数を得れば涼宮ハルヒがヌードになってもOKなのか?それとも興行収入が初日で1億円を突破するのがクリアラインなのか?などなど。

これは単に屁理屈を言って茶化しているのではない!このように判例を挙げていちいち突っ込みどころのあるお粗末な法案が可決したら、それこそ日本が「経済的(あるいは世界的)に沈没する」であろうことを訴えているのだ!

昨今の鳩山政権の馬鹿さ加減にもほとほと呆れる次第で、世界中から舐められまくっている状況に国民が納得していると思っているのだろうか。首相から「俺なりにがんばっているんだ」と言われたとしても、お前は日本国民全ての運命を背負っているんだ、とまでは言わないが、少なくとも世界が「日本人」を判断する上での指標にくらいはなっているのだと認識してもらいたい。

お前のイメージがそのまま我々国民のイメージとなるだから、お前は自分の能力以上に踏ん張らなければならんのだ、それを肝に命じて世界へ出て行け!と苦言を呈しておきたい。これは決して言い過ぎではない。日本国民の死活問題がお前の一挙一動に掛かっているのだと心してもらいたいのだ。

話が世界規模に脱線したが、都議会のやっていることもまた変わりなく、自らの馬鹿さ加減を露呈しているに過ぎない。いわゆる「判断基準」の具体例を挙げたところで問題解決の糸口にすらならないことに気が付くべき。

いまや日本の何百たるアニメ作品、何万時間にも及ぶ放送・上映時間を全てチェックし、それらのうちどれがOKでどれがNGかを全て判断するつもりなのか。都がこのようにして具体例を挙げたと言うことは、それをやる心積もりであると見てとることができる。

それをやるつもりなんだと言う前提に私は話を続けるが、そうでなければ都議会が示し提案した事項は詐欺行為と同じである!その検閲をやる気がないのなら「都議会は詐欺の集団」と揶揄されても文句は言えまい!

しかし検閲など、実際にそのようなことが可能なのか?時間と労力、人員を導入して検索することは可能であろう。しかしその費用を一体誰が支払うと言うのであろうか。それはもちろん我々国民だ!もっとも現段階では都民限定と言うことになるが。

それをやって一体どれだけの意義があると言うのだろうか。きっと「それは無意味だ!」と国民のほとんどが答えるのではなかろうか。だったら「この法案は無意味だ!」と結論付けることも可能になる。

このたび都がやっていることは、いつも遅刻してしまう小学生の悩みに対し、「だったら朝6時に起きればいいじゃない」と言うのと同じ。しかし「6時に起きれないから困っている」のであって、「どうやったら6時に起きれるでしょうか?」と言うことを議論しているのに、これでは問題解決の道しるべにもならない。

具体例を挙げるなどの幼稚な対応はやめて欲しい。曖昧な基準は決して「基準」とはなりえない。私が再三述べているように、基準を掲げるなら例え大反発を喰らってでも「18歳以下はメディアで放送・報道してはダメ!」とか、「何年以降に制作されたアニメ作品はテレビ放送禁止!」と言った、完全に基準が明らかなものでなければならないと言うこと。それを納得させるのは、後付でもなんでも良いから理路整然とした理屈と説明なのだよ!

またそれとは別の問題もあって「そんな馬鹿な法案なんてどうせ可決しないからほっとけばいいよ」とする議員がいることについて。私はそんな風に無責任に傍観する連中に対して「お前らも同罪だ!」と言ってやりたい。

いいように言われるだけで何の反論の声も上がらないのでは、「誰も反対の人はいませんね」と言って、案外簡単に審議が通ってしまう可能性だってある。これだけ怒っている国民がいると言うのに、その声が「ほっとけばいいよ」なんて言う無関心によって押し殺されてしまうのは全く持ってゆゆしき事態だ。

「言わなくてもわかるだろ」じゃなくて、分かっていても「あえて言わなくてはならない」ことだってあるのだ。「ワカメちゃんは性的対象にはならない」のはそれを判断した誰それの基準であって、「ワカメちゃんを性の対象」と見ているヤツだって世の中にはいると言うこと。その辺りの事情すら分かっていない一元的なものの見方しか出来ない連中が良いようにのさばっているのが許せないのだ。

これは「表現をする者」にとっても最大に憂慮すべき事態と言える。この「非存在青少年」の法案が通ってしまうと、音楽や美術の世界にまで波及するかも知れないことを心得るべきだ。

「大げさだ」と思うかも知れないが、現に「ソ連」ではそれが起こっていたのだから。周知の史実なので詳しくは避けるが、全ての芸術活動が検閲されていたのがスターリン牛耳るところのソ連邦であったわけで、作家のソルジェニーツィンや作曲家のショスタコーヴィチや演奏家のロストロポーヴィチらが、当局からの妨害を受けていたことはそう遠い昔のことではない。巨匠と呼ばれる映画監督の中にもその被害を受けた者は少なくない。

彼らは「当時のソ連にあって危険」とみなされただけであって、今となってはむしろ当時のソ連体制の欺瞞を暴いた英雄、もしくは「単に飛びぬけて優秀な芸術家たち」であったと評価されている。

あのトルストイですら、日露戦争の頃に「反戦」を唱え、直接彼に被害が及んだわけではないが、彼の周囲の人たちが投獄されるなど間接的な圧力が掛けられていた事実があるのだ。

我々はこう言った事柄から学ぶべきである。「歴史は繰り返す」とはよく言ったものだが、私に言わせればそれは真理ではない。自己流に言わせてもらえば、「歴史は常に同じだった」のだ!有史以来、人類は全く同じことを考え、同じことを再現している。時と場所が違うだけでやることは常に同じ、その「意味や重大さも等しく同じ」と言う意味である。

「ここで歴史が大きく動いたからこの時代の出来事はより重要」と言うことなど全くなく、戦争・革命、あるいは歴史に登場した英雄などはみな等しく同価値であると言うこと。更に言えば、歴史が変動したふり幅の差など関係なく「それが起こったと言う事実」こそが揺り動かしがたい確信であると言える。

「事実の大きさより『それが起こった』と言う事実こそが歴然とそこにある」とは、極めて実存主義的な物言いだが、人間とは常に同じことを、言葉を変えてキャストを変えて場所を変えて反芻して来ただけに過ぎない。ペシミスティックな言い方にはなったが、ここに人間が本当に学ばなければならない本質があるのではないかと思う。

人とは決して「個」ではなくて、「人間」として「複数の個体からなるある種の統合されたひとつの生命体を形成している」とは考えられないだろうか。広い宇宙の視座から見たら、我々がミジンコやバクテリアに見るのと同様に、人間とはある種の決まった行動パターンを有し、ひとつの目的に向かって飽きもせず機械仕掛けの人形のようにいそしんでいるように映るかも知れないからだ。

宇宙人が見たらこのように判定するかも知れない。「こいつらは『本能』に従って生きているだけの『機械的な生物』だ」と!

我々人間には本当の意味での「個性」など存在しないのかもしれない。鏡で自分の姿を見た猿が、「お!向こうにおもしれぇヤツがいるぞ!」と、それが自分の姿だと知らずに鏡の向こうの相手に向かって威嚇しているような・・・。本当の自分の姿を人間自身は分かっていない。だから人間は「猿」だと言えるかも知れない。

話が遠大な方向へ拡大してしまいましたが、自分を「猿」だと気付いた人間だからこそ、「俺たちは本当は『猿』だったんだよ!」と、我々人間の正体を反発覚悟で周囲に伝えなくてはならない責任を感じる今日この頃。

書き出していて、話が倫理的な方向へ大げさに展開してしまったのはご愛嬌ですが。さりとて私自身が「私は世界の全てを知った!」などと尊大な態度に出るわけではありません。むしろ私自身は普段の生活では全く自信を持つことのない卑小な人間であることをここに暴露する次第であります。

とは言え、「猿」は「猿」なりにひとつの結論を出したので、ここらでもう少し、「人間たち、何かを学びませんか?」と私は言いたいのです。

これらの問題に比べたら石原慎太郎なんて全く意味を為さない。「『石原慎太郎』と書いて『無意味』と読む」としたいくらい。こんな情勢では「政治って頭悪くてもできるんだ」って感じてしまうのも無理は無い。

訴える手段は何でもいいと思うんです。特に今ならネットもあるし、忌憚のない意見を述べられる場所はたくさん提供されている。かと言って、ネットがそこまで劇的に世論を動かす力を持っているだなんて幻想は抱いていませんが。それでもそこにわずかでも可能性があるなら賭けてもいいと思う。

無抵抗主義を徹底したトルストイやガンジーらには否定されるだろうけど、最後にはやはりやはり実力行使ってことも考慮すべきでしょう。「ぶん殴りたいヤツがいる」これって結構なモチベーションになるから。

この記事を読んでどう思うかは自由。反論でも崇拝でもなんでもしてください。「何かに気づけ!」とも言わない。

誰かが出した結論になんて興味がないんです。答えは常に自分の中にあるのだから。だから皆さんも自分だけの答えを出してください。いや、出なくてもいいんですけど。

「俺は・私は、こう考えた」と思ったら、その考えをどこかに発表してください。それだけで良いと思う。仮にその意見が極端に過ぎ、「お前は狂人だ!」と蔑まれる覚悟がおありならの話ですが。

でもそれが「自由」。自分の発言や態度、または生活に対して責任を取れる、または取りきれなかったときに自害できる。と言う、「選択の余地を残してある人生」こそが「真の自由」だと思うからです。

私は単にその考えるきっかけを与えたに過ぎない。いや、だけど私の意見が誰かのインスピレーションを喚起したなどと傲慢なことは言いますまい。皆さんが思ったことは私なんかの戯言に左右されたのではない、あなたの毅然とした態度の表れですから。

「これは言わなくちゃならん」と思ったら声に出すべき。今ならわが国に言論統制はない。もちろん身近な知り合いに対し「言わなくて良いこと」なら、言わない方が円滑な人間関係を保つ上での最優先事項となるのでご配慮くださった方がよろしいかとは思います。などと言わなくても分かっていらっしゃるでしょうが。

そんなわけで私の言いたいことは一先ずおしまい。いまは「あえて何か言わなきゃならない」と感じてキーボードを叩いた所存。

大阪ではBL(ボーイズラヴ)を描いたコミックの規制などもあるようです。問題は同じところに端を発しています。

「こいつら何がしたいの?」から、「自分はどうしたいんだ!?」と言うところをよく考えて、これからの日本を生きて行くことにしようではないですか。

人の意見を聞くことは大切だけど、それはグローバルな視点を持つと言うことであって、結局最後は自分の意思はどこにあるかに掛かって来ます。これからは自分と言うものをしっかりと見据えて行動すべきだときだと思います。

念のため断っておきますが、私の言う「人間ってなんだろう」って言うのは、「自分探しの旅」なんて生易しいものではないですからねw

それじゃ、くれぐれも「気をつけて生きる」ようにしましょう、みなさん!


@ちぇっそ@
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タグ : 非実在青少年

2010/04/28 23:08 | 日本を告発するCOMMENT(0)TRACKBACK(0)  

非実在青少年

知人のブログを見たらこの記事に触れていたので、実は既に某私的掲示板にて(2chではない)で既に意見を述べていたのですが、改めてここに見解を示したい所存でブログ連投すまん!

結局のところ現在の「セージ(政治)」なんてものは損得の発生する賄賂だとかそんなもの的な手垢にまみれた悪しき米国式資本主義の弊害としか思っていないが確かに「非実在青少年」と言う言葉の響きはそれ自体ノスタルジックなレトロフューチャー風空想科学を想起させちょっとした引きこもり的ヲタなサイバーパンクまがいの愛玩を覚えるもの。

しかしこれが実際に施行されると、いわゆる「18禁」と言うものを全て廃止させなければならないことになる。つまり「18歳以下はメディアに載せてはならない!」としない限り、この法令は雪崩のごとく崩壊することになるのです。

たとえそれがドラマの子役であっても同様。どんなバラエティにでも、どんな子供番組にさえも「子供を映してはならない!」としないことには、この法令の矛盾を回避することはできないのです。

今後は「18歳以下の子供を映さない(報道しない)メディア」展開を余儀なくされるわけで、それでは「メディア」と言うものが全く無意味になってしまうと思われるのです。

子供の犯罪は隠蔽され、「子供だから犯罪を犯すことはない」とか「子供を見て性的興奮を覚える社会人はわが国にはいない!」と言った報道規制に繋がる危惧すべき事態になりかねない。

これはソ連邦の旧体制や、現在の北朝鮮が行ってきた情報操作に由来するわけで、歴史的あるいは地域的に見ても許されざる愚行。ロシア愛好家の私ですらこれは容認できない事実。

取り締まる基準が全くもって曖昧。古代ローマどころか戦国の倭の国にあっても「少年愛」は暗黙の了解であったはず。戦場では必ずしも「女」が手に入るとは限らず、否!戦いの場に女がいることなど稀。だから武将は自分の愛玩として「少年」を手元に置いていたことは現代の教養に於いては周知。今更「男色」が否定されるいわれはないのです。

まあそれはともかく。

単にヒマなのか、リーマンショック以降なんとか「仕事してる風」を見せてリストラを回避しようと躍起になっている窓際天下り役員が必至となってでっち上げる苦肉の「俺だけでも生き残り政策」のしょーもない法案にしか思えないんですが、何か!?#

こんなのいくらでも法の目を潜りようがあるし、個人的には全く心配していませんが、米国の健康志向的「禁煙法」など(これも単に米国政府とタバコ産業、あるいは大麻産業が仲違いしただけのとばっちりの気がしてならない)大戦時のドイツや日本的な全体主義を思わせる「右向け右」と言った極論を指示する風潮を助長するようで、今後の政治体制に大いなる不安を覚える要素であることを警告しておきます。

世論を扇情する気はありませんけど、こう言う些細な政(まつりごと)を「まあ俺は大丈夫だけど、適当に受け流しておくよ」ってスタンスでいると、気付かない内に大勢に飲み込まれ迎合することになりかねないので、今現在先進的な目をお持ち冷静な方々はよくよく気を付けてください。

「怒り」と「批判精神」を失わないで欲しい。信念を貫ことがどれだけ困難になるかってことを、これからの将来でいやと言うほど実感する機会があるかと思われるのです。

今の世の中は全て「金」で動いています。

「誰が儲けて、誰が損をするのか」を冷静に判断してください。

キャプテン・クックの時代に言われた「自由」は、現代で言われている「自由」と意味が違います。

自分が損をすると思ったら、即座に「否!」と手を上げるようにしてください。それが白痴の世論を一瞬「考えさせる」第一歩となる。

まあ個人が動いたところで大勢に影響はないかも知れません。

だけど意思表示することで少しは足かせになるはずなのです。

官僚や政治の言うことなんて関係ないですから。あくまで「自分たちに住みよい社会」を形成することが大事なのだと、それを肝に銘じて自らに課せられた大事な「権利」を行使するように心がけようではありませんか!

なんかすげぇプロパガンダな内容になってしまいましたが、なんつーかな。確かに自分に危害を及ぼす人間には嫌悪を覚えますけど、だけど個人的には基本的に「生きるうえでは何であり」と言うスタンスではあります。

例えそれが「殺人」であっても!

人生には何通りかの選択があると思っています。それは「生きる」ことであり、人を「殺す」ことであり、また「自分を殺す」ことも含まれる。

これらの要素がどれかひとつでも欠如したら、人生を生きることが難しくなると思います。

「死ぬ」ことが「人生を生きる」ことの中に含まれないと、人間は「逃げる道」をなくしてしまうことになります。

「逃げる」ことはそんなに悪いことでしょうか?

それはあくまで「人生の選択」だと思うのです。

「死ぬ」って凄い決断だと思う。

それを「弱い」って言い切ることは誰にもできないことだと思うのです。

「死ぬ気で頑張れ」って良く言いますけど、「死ぬ気」があるなら「死ねる」んですよ。

誰しも勘違いするところなのですが、「死ぬ気」があるから頑張れるのであって、だけど発展性がないのであればやはり「死んだ」方が幸せと言うことも有り得ると思うのです。

遠まわしな言い方になってしまいましたが、「死ぬ覚悟」がなければ「生きれ」ばいいと思うのですよ。

私は飛び降りなんてゴメンだと思っています。まして、なんとか食べることさえ出来れば「餓死」なんて惨めな最期は送りたくないと考えています。

「死ぬまで生きたい」それが私の心情。

なんかですね。もっと簡単に生きたいだけなんですよ。

どんな生き方をしてるかは関係ない。どんな死に方をしても関係ない。

「生きました」、「死にました」って、人生ってそんなもんでいいと思う。

なんでこんなに難しくなったんだろ。

倫理とか道徳とか、キリストとかって全然関係ないと思う。

なんか当初の議論とは脱線してますけど、とにかく「どうでもいいこと」を審議している行政には辟易してるってことです。

お前ら仕事しろって。


@ちぇっそ@
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タグ : 非実在青少年

2010/03/13 01:07 | 日本を告発するCOMMENT(2)TRACKBACK(1)  

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